この話、家を新築したばかりの読者にはちょっと怖いかもしれない。
京都の鴨川に、日本びいきの元シラク大統領がパリのポン・ヌフと同じ意匠の橋を贈ろうとして住民の反対にあったことはよく知られているが、名所旧跡の近くに住む住民たちにとって、何かとややこしいのが住宅や建物の新築や改築の制限だ。行政がうるさくて、たとえ自分の家の壁といっても好きな色に塗ることが許されなかったりする。そして、こうした問題は、行政と住民の間だけでなく、しばしば住民同士の個人的な利害関係が絡みあって複雑化するケースがある。
パリジャン紙が伝えるところによると、カルバドス県のカーン地方裁判所で、違法建築のかどでモン・サンミッシェル湾のほとりに住んでいるソーニエ夫妻に厳しい判決が下った。家を自費で取り壊すか、1日につき300ユーロを隣人に支払えというものだ。
ことは2002年に夫妻が世界遺産を望む風光明媚な土地を買った時にはじまる。難なく建築許可も下り、二人は60万ユーロをかけて家を建てた。パリジャン紙に掲載された写真を見ても、高さ7メートルのいたって質素な2階建のログハウス風の家だ。ところが完成が間近になって、彼らの家の裏に住むお隣さんからクレームがきた。それまで見えていたモン・サンミッシェルが隠れてしまったばかりか、日当たりも悪くなった、というのである。よくある話だが、問題が過激になったのは、この隣人夫婦がソーニエ夫妻が取得した建築許可に不備があると訴えたことだ。書類にはちゃんと地元の市長のサインがされていたが、その下に彼の名前のタイプ文字が添えられていなかった。かくして一度下りたはずの建築許可は無効となってしまう。これに気を強くした隣人は2009年にはソーニエ夫妻に家の取り壊しを要求してきた。3年間の「壊せ」、「いや、壊さない」というもん着があり、夫のクリスチャンさんも抗議のハンストを3度も行ったが、とうとう行政から取り壊し命令が下りる。代執行の期限まで残り半年という現在、ソーニエ夫妻は破棄院での逆転勝訴に望みをかける。「濡れ衣を着せられたもいいところです」と奥さんのシルビーさんは嘆く。
たしかに、家を取り壊さなくても、隣人に損害賠償金を払えば住み続けることはできる。日本には「借景」という風雅な言葉があるが、1日300ユーロの、モン・サンミッシェルを一望するためのリース料はあまりにも高すぎる。(康)