デュマ、食の物語 -8-

 デュマの名作『モンテ・クリスト伯』前半のクライマックスは、手に汗にぎる脱獄劇だ。濡れ衣を着せられて20歳でシャトー・イフの牢獄に閉じ込められたダンテスは、そこで出会ったファリア司祭の助けもあり、命からがら脱獄に成功する。地中海の島にある牢獄から海へと解き放たれたダンテスは、運よくマルセイユ港からやってきた小帆船にひろわれ、新しい人生を切り開いていく。この船で彼が向かうことになったのが、イタリア領であるモンテ・クリスト島。ファリア司祭から、途方もない宝物が眠っていると伝え聞いていた島であった。
 宝物の前にダンテスがありつくのは仔山羊の肉。「およそ八九町も行くか行かないうちに、一頭の仔山羊を射倒したのをさいわい、それをジャコボに仲間のところに持って行かせ、それをあぶって、それができたら銃を一発放ち、自分にも食べにくるように合図をしてくれるように頼んだ。炙肉のほかには、乾した果物がいくつか、それにモンテ・プルキアノの葡萄酒が一本、これだけあったら食事の献立はできるのだった。」(山内義雄訳)
 牢獄ではパンさえ思うように手に入らなかったダンテスにとって、こんな献立がどれほどありがたかったことだろう。 ところで、ここでダンテスが射止めたのが「山羊(ヤギ)」ではなくて「仔山羊」だと指定してあるところが、いかにも美食家であるデュマらしい。『デュマの大料理事典』の「仔山羊」の項目には「3ヶ月から4ヶ月の仔山羊には、野生の山羊独特の風味や匂いがない」とあり、セージと甘い白ワイン、スパイスでの味付けが紹介されている。モンテ・クリスト島には、ミルトという香り高い植物が自生している。食欲の秋、食いしん坊は、爽やかな香りを放つ炎であぶられたジビエに思いを馳せながらページをめくる。(さ)