鬼才が生きた愛と非情の町、ローマ。

© Reporters Associati ‐ Roma

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L’Exposition “Pasolini Roma”

イタリアが生んだ才能、ピエル・パオロ・パゾニーリ。現在シネマテークで、鬼才とローマの町との関係に焦点を当てた展覧会が開催中。本企画はスペイン、イタリア、ドイツの文化機関との共同製作。すでにバルセロナで好評のスタートを切り、パリの後はローマ、ベルリンへ巡回の予定となっている。

 展示はノスタルジックな家族写真で幕開ける。写真のフレームは、そのまま時が流れる列車の車窓を思わせる。同性愛行為を告発され共産党から除名、教師の職も失った若きパゾリーニは、1950年、母と列車でローマへと向かう。胸中にはパルチザンの内戦で夭逝した弟の姿もあったろう。

ロッセリーニのように生粋のローマ人ではなく、いわばローマに「養子」として迎えられたパゾリーニ。この才能溢れる養子は作家としてすぐに頭角を現し、アルベルト・モラヴィアら文化人との交流を開始。ローマの主(ぬし)たるフェリーニからも声がかかり、『カリビアの夜』の脚本家に抜擢される。こうして映画界への扉をくぐったパゾリーニは、ほどなく監督業に進出。技術的なことは知らぬまま『アッカトーネ』、『マンマ・ローマ』、『リコッタ』のローマ3部作を完成。民衆の側に立って、ローマ周辺のボルガータ(スラム街)の人々の声と文化をスクリーンに焼き付けた。

展示会場は時系列で大きく6セクションに別れ、彼にゆかりのある場所の、現在の映像が流される。住居、撮影場所、カフェなど、ローマ人・パゾリーニの足跡が、地図上に示される。ローマはパゾリーニにとって創造の源であり、ニネット・ダヴォリやラウラ・ベッティら、彼が愛した人々と過ごした場所。パゾリーニの手による絵画も展示されるが、くつろぐタヴォリとベッティを描いた絵は特に感動的。一方で消費社会を真のファシズムと批判し、『奇跡の丘』、『ソドムの市』といった先鋭的な作品を発表しては訴訟を起こされ、最後にはローマ郊外の海岸で惨殺されるのだから、ローマはパゾリーニに対して非情でもあった。だがパゾリーニが消えた後のローマはどうなったのか。その後のイタリアを見るにつけ、パゾリーニの作品とメッセージは、現在でも十分に有効であると思う。(瑞)

Cinémathèque française :
51 rue de Bercy 12e  M°Bercy
www.cinematheque.fr
土日16hにガイドあり。2014年1月26日迄(火休)。


 

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