リュクサンブール公園の近く、ボナパルト通り92番地にある、ベンチに腰掛けて頬杖をついた銅像の美女に誘われ、ハンガリー学院を訪れた。パリに住むハンガリー人にとって、ここのメディアテックは母国語の重要な供給源となっている。責任者のガボールさんは37歳。5年前に選ばれてハンガリーから赴任してきた。
ハンガリーという国名は、中国を脅かした遊牧民、匈奴(くぬ/ふんぬ)ともつながるといわれる「フン族の国」という意味のラテン語からきているらしい。
「フィンランド人同様、僕たちは欧州で最もアジア的な民族といわれています」というガボールさん。自己紹介も日本と同じように「名字・名前」の順で名乗った。
大学の研究室のような静寂に包まれたメディアテック。9千冊を越える蔵書には古典的な文学書はもちろん、新作やDVD、CDもある。芸術書の一角に写真集が多いのは、「キャパが有名だけれど、ハンガリーは他にも写真家を多く輩出した国だから」とのこと。学院の中央ホールから写真展を準備するつち音が聞こえてくる。
1920年代の経済移民、ナチスのユダヤ人迫害や1956年のハンガリー動乱による亡命者など、フランスには歴史上何度か、ハンガリー移民が大量に押し寄せた。サルコジ前大統領の父親などもその一人だ。
ガボールさんも母国語と英仏西語を話すように、東欧の人たちは語学に強いといわれる。それゆえフランス社会への同化は早いものの、逆に子供たちが親の母国語にふれる機会が少なくなってしまうおそれもある。学院では毎週水曜日にハンガリー人の親を持つ子供たちのために補習授業を行っている。だから小さな利用者たちのためにも、本棚の低い部分には絵本や学習書、80年代に全盛期をほこったハンガリーアニメのDVDなどを並べ、授業の帰りにみな喜んで借りていくのだという。
「東欧文学の特色はカフカなどにもみられるブラックユーモア」、「ハンガリー文学の十八番はなんといっても詩だ」などと、ガボールさんが文学を熱く語り出すと、いつの間にか机に本が山積みになった。「なぜそんなに詳しいのか」と訊くと、「僕は文芸翻訳家なんだ」との答えが返ってきた。またハンガリー文学をフランス語で紹介する重厚なサイトもひとりで運営している(www.litteraturehongroise.fr)。
翻訳家として筆を執りつつ、寸暇を惜しんでサイトで自国の文学を紹介し、昼間はパリの「ハンガリー村の活字屋さん」として、子供からお年寄りまでひとりひとり丁寧に対応しているガボールさん。ハンガリーの活字文化が生んだ、全くもって希有な人物である。(康)
Institut hongrois : 92 rue Bonaparte 6e
01.4326.1486 www.instituthongrois.fr
Le Paprika
ジプシー音楽のコンサートなども開かれる楽しいお店。もちろん代表的な煮物料理グラーシュも食べられる。
10h-23h30。無休。
28 av. Trudaine 9e 01.4463.0291
M° Pigalle/Anvers www.le-paprika.com