日曜のお昼に、パリ19区の下町に住む友人宅に招かれた。エレベーターのない建物で、息を切らしながら5階を目指して階段を上っていると、どこからか甘酸っぱく香ばしい匂いが流れている。これは? と立ち止まったとたんボクは30年前に戻り、当時住んでいた11区のルドリュ・ロラン大通り104番地の建物の階段にいた。日曜になると、ほとんどいつものようにこの匂いが流れていたものだ。それは、3階にチュニジアから引き揚げてきたユダヤ人一家が住んでいて、彼らが大好物の赤ピーマンを焼く匂い。こんがりと焼かれた赤ピーマンは皮をむかれてから、やはりこんがり焼かれて皮をむかれたトマトと一緒にさいの目に切られ、タマネギやパセリのみじん切りも加わって、メシュイアというサラダになったのだろう。
パリの階段には、いろいろなおいしい匂いがドアから流れ出て、昇っていく。ローストされているチキンの、おなかがぐうっと鳴りそうな匂いも忘れられない。チョコレートケーキを焼く匂いは、子供たちも見抜いてしまう。ルドリュ・ロラン大通りの建物の管理人一家はポルトガル人で、地階に住んでいたのだが、そこから時々イワシを焼く匂いも流れていた。いつもお世話になっているせいか、住人たちは誰も文句を言わなかったものだ。ボクは味見までさせてもらった。先日、娘が住んでいるパリ郊外パンタンのアパートに行った時は、階段に、くん製魚やヤシ油を使ったアフリカ料理独特の匂いがした。(真)