岡田正子氏が初めてフランスという国を知った時、日本は軍国主義の時代だった。「こんなヒューマンな国があるんだ。日本の方が間違っている」と思った彼女は、戦時中にフランス語を習い、在日フランス使節団、後のフランス大使館で3年働き、日本がサンフランシスコ条約を締結した1952年に渡仏した。
そこで出会ったのが、ベラ・レーヌ女史。長くなりそうだったので在仏日本大使館で6年間働くことになった。ベラは1897年ロシア生まれ。レニングラードのスタニスラフスキーの学校と同じ系列の演劇学校で学び、メイエルホリドなどに学びながら、1923年パリに亡命。長年模索した末に、パリで編み出したのが、五感をフルに働かせて演技者の想像力、表現力を豊かに鍛えるベラ・レーヌ・システムだった。それをあえて説明するなら、無意識である日常を具体的に細かく意識化し、それを想念として再構成し、無意識のたたずまいとして表現する、となろうか。それをベラ本人から教えることを許された唯一の日本人が岡田氏だった。1964年の帰国後から、その普及・教育活動を始め、教えた生徒たちは、演劇、ダンス、マイム、オペラ、伝統芸術、朗読、シャンソン、映画俳優、モデル、コント、タレントなど実に幅広いジャンルにまたがっている。
またベラの教室で同級生だった演出家、ニコラ・バタイユの日本での演劇活動を通訳、演出助手として14年間支え続けた。「彼の演出は良い意味での動物的感性がまさっていて、それを分かるように説明することが、とても勉強になってね」と微笑む。そして1983年より、何人ものフランス作家の優れた演劇作品を自ら翻訳し、演出する活動を続けている。
その功績で1996年フランス政府から芸術文化勲章(シュヴァリエ)を、2011年にはフランス劇作家・劇作曲家協会(SACD)より最高栄誉のボーマルシェ賞が日本人として初めて贈られた。
めざましい実績を積み重ねる岡田氏だが、お目にかかると小柄で控えめな日本女性。年に何度か「ベラ・レーヌ・システム」演技レッスンを指導し、この4月にはジャン・ポール・アレーグル作『天国への二枚の切符』を再演する。「去年の初演時は東日本大震災でアレーグル氏は来日できなかったのですが、今回はボーマルシェ賞を改めて手渡しに来られますよ」とのこと。
さらに岡田氏の翻訳した「ジャン・ポール・アレーグル戯曲集」と、彼女自身が書きためてきた文章をまとめたエッセイ集が出版される予定。
ここにも文化を次の時代へと確かにつないでいく志を絶やすことなく持ち続け、それを確かな形へと作り上げていった人がいる。 (慎)
岡田正子HP http://frenchdramacreation.com/
『天国への二枚の切符』フランス演劇クレアシオン・シアターX提携公演
4月19日(木)〜22日(日)東京/両国 シアターX(カイ)
一般:前売4300円&当日4500円 学生:前売2500円&当日3000円
電話予約:カンフェティーチケットセンター0120-240-540
(平日10〜18時)
問合せ:03-5624-1181 http://www.theaterx.jp/12/120419-120422t.php
「ジャン・ポール・アレーグル戯曲集」
カモミール社刊2000円(税別)4月上旬発売予定