バルザックの料理帖–10

 バルザックによれば、シャンパンは会食者の「活気づけ」「頭を上げ」「目を輝かせ」「笑いを誘い」「会話を弾ませ」、しかも「思い出をクリアに」してくれるらしい。お祭り騒ぎが好きな作家のこと、脱稿の後に出かけたレストランで、好物の牡蠣を平らげながらシャンパンを飲み、陶酔しながら作品の将来に夢をふくらませていたに違いない。
 「人間喜劇」には78回シャンパンが登場するが、その中でも忘れがたいのが『あら皮』に出てくるもの。世の中に絶望した青年ラファエルが、ある骨董屋で魔法の品を手に入れるところから物語は始まる。その魔法の品とは、願いごとをなんでも叶えてくれるというロバの皮。ラファエルはその効果を疑いながらも、頭に浮かんだ欲望を口にする。「さあ! ぼくが望むのは王侯たちにふさわしいような豪華な饗宴であり、すべてが改善されたといわれる時代にふさわしい乱痴気騒ぎだ!」(小倉孝誠訳)
 はたしてその直後、友人たちと一緒にある銀行家に招かれたラファエルは最高のもてなしをうけることに。ただ、ボルドーやブルゴーニュ産のワインに続いてシャンパンが運ばれてくるころには、宴はまさに「乱痴気騒ぎ」となり、シャンパン「一瓶」を一気に飲めるかどうかを賭ける輩(やから)が出てくる始末。お酒が大好きなフランス人のこと、読者の中には、そんな登場人物たちの姿にくすりとする者も多かったはず。そのせいかどうか、バルザックが実名で書いた2作目のこの作品は大成功をおさめ、作家の出世作となった。この小説は、若き日のバルザックの野望が反映された作品であると同時に、まるでラファエルが手に入れたロバの皮のように、その夢を叶えることにもなった。(さ)


 

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