プルーストの味を求めて –1

 20世紀を代表する小説といわれるマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』が語られるとき、必ず出てくるのは、お茶に浸されたマドレーヌ菓子に関するエピソード。だが、ここではまず作家自身の毎朝の食卓風景から紹介したい。
 先輩作家のバルザック同様、プルーストは濃厚なコーヒーを好んだ。コーヒーの銘柄は〈コルスレ〉という当時の食通たちに愛された高級食品店のものだった。やはり〈コルスレ〉のフィルターを使って丁寧にいれられたコーヒーは、プルーストのイニシャル入りの銀のポットに入れられて運ばれる。そこに添えられる熱いミルクは、近所の牛乳屋が配達する新鮮なものに限られていた。小説の中でも、カフェ・オ・レのもたらす静かな幸福感が「朝のカフェ・オ・レの味は、われわれに晴天への漠とした希望をもたらす。」(井上究一郎訳・以下同様)と語られているが、そんな朝食に使われていたカップは、きっと、「クリーム状にプリーツがついて、かたまった牛乳のように見えた白磁のボウル」のような、繊細で美しいものだったに違いない。
 プルーストにかかると、毎朝(とはいっても、夜中に執筆するプルーストにとっての朝とは、午後4時から午後5時ぐらいのこと)、繰り返して口にするコーヒーや紅茶が、まるで一日の始まりをそっと優しく告げてくれる、神聖な飲み物のように思えてくる。
 そんなコーヒーとミルクの準備、そしてさくさくのクロワッサンを買いに行くことが、プルーストの女中兼秘書のセレスト・アルバレの最も重要な仕事のひとつだったという。小説の中には、食べなれた美味しいクロワッサンが食べられなくなったために偏頭痛を起こす夫人が出てくるが、ここにはプルーストの食へのこだわりが垣間見える。(さ)