アート・スピーゲルマンは、ポーランド系ユダヤ人の両親がホロコーストから生き残った歴史をコミックスで表現した『マウス Maus』を、1986年に第1巻、1991年に第2巻と刊行。BD界に衝撃を与え、1992年にはピューリッツァー賞を受賞している。
『マウス』以前、彼がアンダーグラウンド・コミックス界の旗手として活躍していた時期の作品を集めた『Breakdowns』が、フランス語に訳されて、大判の美装で発行された。コミックスといってもストーリーらしいストーリーはなく、ストックホルムでの乳児時代、コミックス誌『Mad』をむさぼった少年時代、父の思い出、精神病院での監禁など、彼の屈折した過去をさかのぼり、無意識を引きずり出すための旅のよう。『マウス』でみごとに発揮されたひとつひとつのコマが持つ「語る力」…そのひとコマひとコマが、夢というジグソーパズルの一ピースのごとく、心に焼き付く。
中でも、1968年、彼が精神病院から退院した直後に起こった母の自殺を扱った『Prisonnier sur la planète Enfer』は圧巻で、ムンクの『叫び』を思わせるような表現力に達している。(真)