素材の料理の仕方が上手だ。”Cortex”

 アンドレ・デュソリエは2番手、3番手の俳優だが超売れっ子。彼が初めて一枚看板で主役を張るのが『Cortex』。
 これ、なかなか良くできたサスペンスドラマだ。今日的な要素をベースに、巧みに物語が構成されている。定年退職した刑事、シャルル・ボワイエはアルツハイマー症が進行しつつあり、息子に付き添われて専門施設に収容される。同病者に囲まれた施設での暮らしは、何とも描写しがたいヘンテコなものだ。特にシャルルのようにまだ正気が残っている者にとっては。看護人たちの偽善的な優しさも、薄気味悪い。時々、昨日まで元気だった人の姿が翌日にはなかったりする。高齢者が多い同施設では、人の死は別に不思議なことではないのだが、シャルルは何か不自然なものを感じる。担当医や息子に訴えてはみるが誰も相手にしてくれない。彼はアルツハイマーの患者なのだ。元刑事は、独りで捜査に乗り出す。カルテにたどりつく。皆、夜中に心臓発作で死亡している…。我々観客もずっと半信半疑だ。彼の主張が正しいのか? それともこれは単に彼の妄想に過ぎないのか? どちらともとれる演出にのせられながらも、やがてはシャルル自身に危険が迫ることを予期してハラハラする。
 監督のニコラ・ブークリエフは、前作の『Le Convoyeur』(邦題『ブルー・レクイエム』)でも、素材(現金輸送会社に就職する男の秘密)の料理の仕方の上手だった敏腕監督。とにかく映画製作本数が過剰で毎週10本以上の作品が公開される中、何を観ようか迷ってしまうが、本作は「入場料返せ失敗した」とは言わせないことを保証します。あと、1月23日に公開されたもっともっと地味な映画で『57000km entre nous』というのも最近の掘り出しもの。アンチ大作派の方におすすめ。(吉)

Sandrine Bonnaire (1967~)

 11人兄弟の7番目に生まれたサンドリーヌ・ボネール。中学生のころ、家族に付き添った映画のオーディション会場でモーリス・ピアラに見いだされ、映画『愛の記念に』のヒロインに抜擢される。「演じるためには演じるな」のスパルタ演出に戸惑いながらも、16歳でセザール有望若手女優賞を獲得。その後もピアラ作品を筆頭に、ヴァルダ、リヴェット、テシネ、ルコント、シャブロルなど名監督作品に出演。演技派としての実績を重ねながら、女優として、思春期から大人の女性へソツなく移行することに成功した。
 彼女が常に第一線でいられる秘密は、ひとえにその「バランス感覚」にある。暗い役柄のイメージを払拭するため軽めのコメディに出演し、観客に飽きられないよう出演数をセーブする。また、私生活については多くを語らず飢餓感をあおっておいて、突然ピンポイントで素の自分を深く語り出す。例えば現在公開中の彼女の初監督作品『Elle s’appelle Sabine』は、自閉症の妹についてのドキュメンタリー。自身のスターとしての名声を利用して、自閉症への理解を世間に強く訴える。しなやかで賢くて、ちょっとしたたかだ。「(この映画制作は)政治的な運動です」ときっぱりと語る彼女の左頬には、今もピアラが愛したエクボが揺れる。(瑞)


●Elle s’appelle Sabine
 俳優がみな監督になりたがる国フランス。その多くが、自身のアーティスト欲を満たしたいが上での行動に見えてしまうのに対して、サンドリーヌ・ボネールの場合は事情が違う。使命感が彼女を突き動かし、自閉症である一歳年下の妹サビーヌにカメラを向けたのだった。不安に苛まれ、時に凶暴な振る舞いさえ見せるサビーヌ。ここにきれいごとはない。繊細な美しさで輝いていた昔の妹の映像や、理性がきかない妹につい苛立ってしまうようなボネールの姿に心が痛む。5年間の精神病院での生活で、心は荒廃し、体もかつての面影を失ってしまったサビーヌを通し、この国の医療システムを、静かな怒りを込めて告発する。(瑞)


 

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