日本人としての「常識」からどれだけ距離を置けるのか?

 学生の頃は不良の劣等生。小市民と権威の象徴である先生という人種が嫌いだった小坂井敏晶さん。夢中だった陸上ホッケーを続けるために、浪人して早稲田大学に入学するが、スポーツで身を立てられぬ現実に直面し、大学に通う目的を失う。中退後はバックパッカーで海外へ旅に出る。世界の空気を存分に吸ったが日本に帰ろうとは思わず、学費が安いという理由でフランスに渡る。カーン大学で歴史を専攻後、滞在3年目にパリ社会科学高等研究院に入学。ここで自分が取り組むべきテーマ「日本人が 西洋人に対しなぜ劣等感を抱くか」を見い出し、以後研究に没頭する日々。
 93年にはフランス国立リール大学にて心理学部助教授に就任。「まさか公務員になってしまうとは…!」。専門は影響及び社会的表象論。研究の成果はフランスでの本の出版へと結びつく。96年には朝日選書から『異文化受容のパラドックス』が発刊となり、日本でも小坂井さんの研究が注目を集める。今後特に掘り下げていきたいテーマは「社会と個人の関係」「集団的・個人的な責任」について。読まれてもせいぜい100人という論文だけでなく、専門家でない人にも開かれた本を書いていきたいそう。
 順風満帆に見える小坂井さんだが、実は海外生活に疑問がさした時期もあった。海外が長くなると、本当の日常を生きていないような錯覚に捕われることがある。「生活」と「旅行」は違う。大学に向かうリール行き列車の窓の景色が、日本のそれと重なり、「帰国してもっとシンプルに、当たり前に生きていく方がいいのでは?」と思いをめぐらしたことも。
 だが異国人であることは、日本人として自身が抱え込む「常識」から距離を置けるチャンスでもある。そんな豊かさを再認識し、いつしか祖国に戻ろうという気持ちは消えていた。「誰だって社会で評価される流れの方へ行きたくなる。でも私の場合、そちらに行かなかったおかげで自由になれたこともあった。そのきっかけは日本を離れたことにあったのです」(瑞)


c: Kazuo Yamabata