ホテルマン、世界を舞台に。

 「ホテル・リッツの杉山さん」といえば今や業界で知らぬ人はいない。そんな彼が最近リッツを退職し、来年早々新装オープンするホテル・ジョルジュVに転職した。素晴しいキャリアを重ねていく杉山さん。彼がホテルマンの道を選んだのはまだ高校性のときだ。

ホテル・ニッコー時代に知り合ったフローレンス夫人と双子の時男君、健造君。

 

 名門大学を出て大会社に入れば一生安泰…? 静岡県でも指折りの進学校である清水東高の頃、詰め込みの受験勉強に反発を感じた。人々が海外へどんどん旅行し始めた1970年代。ホテル業界はこれから伸びる!と専門学校のホテル経営学科に入学した彼は、早熟な高校生だった。専門学校時代にはジュネーブの一流ホテルで半年間研修。仕事とプライベートを切り離すヨーロッパ人のゆとりある生き方にカルチャーショックを受けた。「19歳という敏感な年齢で過ごした6カ月は心に残りました」 卒業後、英語の得意な彼に、ホテル・ニッコー・ド・パリのレストランの契約派遣社員の話が舞い込んだ。ヨーロッパでの仕事のチャンス、迷わずパリへ。1 年半の契約期間中、午後4-6時の休憩時間に学校へ通って仏語をマスターしたのが見込まれ、帰国後今度はフロント係として再度ニッコー・ド・パリへ呼ばれた。本人いわく「偶然」始まったというパリ暮らしは、それ以来ずっと続くことになる。
 日仏のメンタリティの違いは、お互いの行き来が盛んになってもなかなか変わらないものだ。80年代パリのホテルは日本人スタッフの必要性を感じていた。フロント部長補佐になっていた杉山さんにホテル・リッツの白羽の矢が立ったのは2度目の渡仏から7年目。フランス最高のホテル、”あの”リッツからの誘いだ。不安はあったが転職を決意した。「フランス語で よく”tourner la page” というでしょう」
 500人の従業員が世界中のVIPを心から誠実に迎えるというリッツ。唯一の日本人として9年間セールスマネージンメントを担当してきたが、このホテルへの愛着は強まるばかりだった。それだけに、世界に高級ホテルをもつフォーシーズン社がオーナーになった新ジョルジュVの話が来たときはとても悩んだそうだ。でも、今までと違うことが学べるだろうと、また人生の新しい1ページをめくった杉山さん。彼のチャレンジスピリットがこれから世界へと広がっていく。(仙)