シネマには興味がないとはいうけれど…。

 画家の市川洋(よう)さんは、実に多才な人だ。彼の作品を代表するのが “可変絵画”。9 枚のパネルの表現が自由に組み変えられるので、1つの作品が48兆7049億2913万6640通りの顔を持つ。計算されつくした絶妙なバランスが特徴だ。そんな幾何学的な絵画という今の作風からは知る由もないが、彼の華麗な経歴は、上村松園のもとで日本画を学んだことより始まっている。セリグラフや銅版画を作成したり、美術史の講師としてパリ・カトリック・センターなどで講演も行う。
 そんな彼に隠されたもうひとつの顔がある。40歳の時から30年にわたって約20本ものフランス映画にチョイ役として出演しているのだ。例えば、アニエス・ヴァルダ監督の「百一夜物語」(Les cent et une nuits) でミッシェル・ピコリと共演したり、アラン・レネ監督の「恋のシャンソン」(On connait la chanson) にも出演。若かりし頃のドパルデューとも共演したことがあり、その時は「なんて醜い俳優なんだ」と思ったとか。でも彼のスタッフへの気配りには感心したそうだ。

 日本人の端役とはいっても、市川さんへ依頼がくるのは、会社の社長や学者といったそれなりの風格を要求される役どころ。市川さん自身は映画に特別な思い入れはなく、映画出演については今まで公表したことはないそうだが、仕事への取り組みはプロフェッショナルそのもの。例えば、窓から顔を出すという場面では、「その人物になりきり、その顔に過去と未来がでていないとだめだ」と言い切る。「自分をなくして他人になる俳優の方がずっとラク。絵画は独創性がないとだめだから」と本業はあくまでも画家。でもエキストラは「一期一会というのでしょうか。人とのふれあいが面白い」。映画の仕事は、「タンギー」の撮影がブラッスリーのリップで深夜とか、現在撮影中のジャン・レノ主演の「ワサビ」は、空気が悪い設定だったりとか、72歳という年齢には厳しいので、もうやめるつもりと言いつつ、「今度は天皇陛下役をやってみたい」という大胆な発想も。ぜひ実現して欲しいものだ。(里)