ケフィエはパレスチナ「抵抗」の象徴。

 パレスチナとイスラエルの衝突が激化している。黒い刺繍の入ったスカーフを被ったパレスチナ解放機構PLOのアラファト議長や活動家たちの姿が、毎日のように報道されている。アラファト議長がパリを訪問した5月23日の翌日は、レバノン南部からイスラエル軍が撤退して、ちょうど一年目だったことから、アラファト議長と同じスカーフを身につけ「イスラエルを消滅させる」ことを目的とする民族主義者たちの姿が映し出された。
 ケフィエkeffieh(またはkafiyyeh)と呼ばれるこのスカーフは、パレスチナのベドゥイン族の伝統的な服装の一部で、日差しやほこりから頭を保護するなどの用途を持ち、敬虔、謙虚などを表現する。ケフィエという言葉はラテン語のcofea(フランス語のcoiffe)に由来するそうだ。「ケフィエ」は、元来シナイ半島での呼び方で、パレスチナではhattaと呼ばれていたが、今では一般的に前者が使われる。
 アラファト議長がケフィエを被るようになったのは、もとはといえば目立たないようにするためで、農民になりすましてイスラエル軍の目をごまかすための「仮装道具」だった。60年代後半から80年代にかけて、PLOがイスラエルやその同盟国に対して爆弾テロを企てると、ケフィエは一部にとってはテロリストのシンボルになった。しかし、パリの学生たちは、このスカーフを「革命のシンボル」として、大学へ行くときやデモをするときに身につけた。
 バルベスにある宗教書専門の書店に勤めるシェ・ハロンさんは、子どもたちにコーランを教える立場でもある。「私がケフィエを被るのは金曜日。コーランが説くように〈清潔な服を着て〉、香水をつけてモスクに礼拝に行くときに被ります。しかし、被らなきゃいけない、ってことじゃないですよ。色も自由、柄も何枚か違ったものを持っています」。ハロンさんの店にも、布地の質が違ったものが数種。値段は50~80フラン、中国製が多い。
 人によって解釈は様々だが、ハロンさんは「女性は目と、手と足以外は隠さなくてはいけない」が、男性には服装の規則はないと主張し、「レストランに行くときにケフィエを被って行ったら『ユダヤ人に対する挑発だと思われるからやめたほうがいい』と友人に言われたことがある。ケフィエは本来なら、人種の争いの種になるものではないのですが」と嘆く。
 同じくバルベスで出会ったアルジェリア出身の青年ふたりは「マグレブの国ではあまり被らない」と言い、「この界隈では年寄りがよく被ってる」と微笑んだ。モスクから出てきた長いチュニックを着た男性は、ケフィエを巻く理由を「私はもう50代だからねぇ」と照れくさそうに答えていた。40歳になると「そろそろ私も」と思うのだそうだ。(美)
La Nouvelle republique 紙
5月21日号表紙から。

DUTCH 誌5/6月号より。


Vogue Paris 誌4月号より。


NEO 2 誌5/6月号より。


 

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