●Claude Simon, Le Tramway
1985年ノーベル文学賞作家、今年で88歳を迎えるクロード・シモン。すでに20作近い小説が出版されており、邦訳も数作出されている。1997年の『Le Jardin des Plantes』以来の待望のこの新作、クロード・シモンをまだ読んだことのない人、そして、フランス語で読んでみたい人には是非薦めたい。
代表作『La Route des Flandres』をはじめ、彼の作品は、数頁も続く一文、多用される現在分詞など、文体の難解さ、そして物語構成の複雑さと、フランス人にとっても難解、邦訳でも難解とされる。もちろん本作でも一文が数頁にも及ぶこともあるが、わずか百数十頁、しかも、短い章で区切られていることで、この小説は、シモンの小説の中でおそらく最も読みやすいものといえる。
こうした表面的簡潔さがあっても、シモン小説独特の綿密かつ繊細、そして何よりも「感覚的」な描写の素晴らしさにはことかかない。トラムウェイの運転手の煙草、街の中心と海岸を結ぶトラムウェイの道程、夏の夜の地中海岸の静寂と香り、病室の窓からの眺め…等々。そして、これまでの作品と同様に実体験や記憶からなっているが、本作の特徴は、その大部分が幼年期に割かれている点にある。子供の視点から、年少期の日常が家と学校を結ぶトラムウェイの道程にそって語られる。
そして、この子供の視点、物語は、病院にいる(年老いた?)語り手の物語と交錯しているが、その交わりは…、ここでは述べないでおこう。本作を読むことでそれは明らかになるだろうし、それが本作を読むことの一つの悦びであろう。そして、この子供の物語と病室に横たわる語り手の物語の間に、シモンの全ての作品がおかれるのだろうから。(樫)
Editions de Minuit,
2001, 144p., 80F.