アフリカからみる二十世紀、アフリカからみるフランス語。

●Ahmadou Kourouma”Allah n’est pas obligé”

 二十世紀を締めくくる作品を選ぼうととしていたゴンクール賞の選考に最後まで残り、Renaudot賞と「高校生のゴンクール賞」をとったこの小説、その特徴は二点に絞られる。

 まずは言語に関して。フランス語を学ぶ人、つまりその学習の対象である言語に限らず「言語」に対する意識・感覚がその学習の過程で研ぎ澄まされる人に、この小説は言語の豊かさを伝える。フランス語はその規律性が強調されるが、この小説ではこうした面は皆無、つまり簡単に読める。そして、教科書や学校の先生から習う決められた枠を越え、フランスやアフリカ独特の俗語、表現等、様々なレベルの言葉が使われていることで、フランス語の可能性が見られる。さらに、俗語や難解な抽象語など、語り手は読み手のために、数種の辞書からその定義を載せているが、単に意味を分かりやすくするだけではない。「mijoter」が「ゆっくりと愛情をこめて料理すること」、「tendresse」が「友情と愛情の感情」と定義されることは、理解の助けを越えて読書の悦び、言語の楽しみだ。

 もう一点は、二十世紀後半のアフリカを語っていることにある。両親を失った語り手が部族闘争の中を叔母を探していく物語を中心として、様々なエピソードが語られる。99.99%で大統領が選出される選挙、選挙を妨害するために投票者の腕を切り落とす国、魔術師、人喰い、そして「enfant-soldat」…。西洋、北半球での二つの大戦で刻印を押されたかに見える一世紀、キリスト教の千年期の区切りであると見られがちのこの二十世紀の終わり、この小説を読むことは、もちろんアフリカ史を学ぶことではなく、語りと物語構成から喚起される感受性、西洋、アジアとも異なる存在感覚の体験だ。

 言語及び存在感覚の体験が文学体験であり、この文学体験が各個人の世界観、人間観の考察を促すのであろう。(樫)