トロワ市は、パリから国道19号線を東に160km、シャンパーニュ地方南部にある人口12万人の町。観光地としてはあまり人気がないが、訪れる価値は十分にある。
トロワ市が近づくと、国道の両側200メートルおきくらいに立つ大広告が眼に飛び込んでくる。どれもトロワ市の主要産業、メリヤス編みに関するものばかりだ。
1154年には、この町についてアラブの地理学者イドリースィーが「キリスト教国の中の重要な町で、安く品物を買うことができる」と記している。当時は市が立って大いににぎわい、教会も数多く、トロワの人は何をやっているんですかと聞かれると、「On y sonne, Monsieur, on y sonne 鐘を鳴らすんです。旦那、鐘を鳴らすんです」と答えたものだという。現在でも教会が9つあり、大聖堂のステンドグラスの表面積は、フランスでも一、二を争う。
11 世紀初頭には、シャンパーニュ地方は商取引や技術の十字路として、芸術の中心地のひとつになっていた。15世紀になるとイタリア・ルネサンスの影響が著しくなるが、トロワ市はひたすらゴシック様式の伝統に閉じこもり続ける。
英国から織機が輸入され 、トロワ市がメリヤス編みの首都になるのは18世紀末になってからのこと。最初は靴下、その後は下着、水着、新生児用衣類を生産した。
トロワ市の中心地は幅800m、長さ2.5km ほどで、その形がシャンペンの栓を思わせるところから “bouchon” と呼ばれ、まだまだ古い家並みが残っている。修復も進んでいて、夜のとばりが下りるころ、土壁にかわってガラス張りになった建物の正面から照明がもれ、昔ながらの木骨軸組が浮かび上がる。
この “栓” のまわりに、19世紀末メリヤス産業が栄えていた当時の面影ともいえる建築物を見出すことができる。紡績工場の鋸の歯の形をした屋根、ヴィラ・ロティエ通りにあるような工場の経営者や現場主任たちの贅を尽くした家々…。
繊維産業の壊滅という暗い時代が続き、トロワ市は大きな傷を負ったが、現在は、都市計画も進み、経済的にも新たな青春時代を迎えようとしている。(べ)
構成とルポ : ベルナール・ベロー (翻訳 : 佐藤真)、小沢君江 (美術館・博物館担当)