背の低い子どもを 「みっつのリンゴのように大きい」とか » pas plus haut que trois pommes みっつのリンゴほどしかない » と言います。ほら、ほかの子どもたちより頭ひとつ小さくて(フランスでは « faire deux têtes de
moins » と頭ふたつ小さい)、同級生にからかわれてばかりいる子どもがいるでしょう。こんな風にバカにされたら、 »monter sur ses grands chevaux 大きな馬にまたがる→ むかっ腹を立てる » のも当然で、 »grande asperge 大きなアスパラガス→ウドの大木 » と言い返すことにしましょう。
《Tiens ! Prends ça dans les orteils ! J’vais te casser les pieds !
エイヤッ!足の指に気をつけろ!お前の足を折ってやる!》こんなことを言われたら、もちろん絶交。オヴニーの記事でイライラすることがあるとしたら、それ
は、《Quelqu’un vous casse les pieds. 誰かがあなたの足を折っている》からにちがいありません。足を折るといっても幸いにこれは比喩、ウンザリさせられるという意味です。でもオヴニーの記事くらいは我慢我慢。この世の中、足以上のものをこわしたくてたまらない相手だって多いはずです。
運がよく、なにをやってもうまくいく人は「幸せな手を持っている」と言います。宝くじが当たったり、試験でちょうど復習したばかりのところが出たり、ガールハントした女性が生涯の伴侶になったり、というようにチャンスに恵まれた人のことです。《Il est bien tombe celui-là. On peut dire qu’il a la main heureuse ! 》
でも、なぜ « la main » と単数なのでしょうか。もうひとつの手が嫉妬したりしないのでしょうか?
