流浪の民。この言葉を聞いて私たちがまず思い浮かべるのは、ジプシーではないだろうか。そのジプシーに属する彼らマヌーシュも、定住地を持たずキャラバンで各地を移動しながら生活を営む移動民族の一つである。
私がそのマヌーシュと出会ったのは、パリ郊外バニョレ市の高層マンションが立ち並ぶ空き地の一角だった。彼らの祖先はもともとフランスのアルザス地方やイタリアからやってきたが、ここにいる子供たちはみなフランス国籍を持っており、マヌーシュの言語以外に流暢なフランス語を話す。
その、数え切れないほど様々な血が交じり合ったであろう、深い緑の瞳を持つ彼らの願いはただ一つ、「普通のフランス人として扱ってほしい」ということだ。もともとフランスでは、人口5000人以上の市町は、彼らのように定住地を持たない移動民族のため、キャラバンを駐車させる空き地を提供することが法律で決まっているが、それも高速道路の脇や高架下など、悪条件で他では使いものにならないような場所がほとんどだ。彼らは必要最低限の生活施設としてトイレ設置の交渉のため、何度も市役所へ足を運んだが、面会にすら応じてもらえなかったという。
「同じフランス国籍を持っているのに何故こんなに蔑視されるのか、私たちを普通の人間として扱って欲しいのです。」
今年11歳になる少年、ケビンはそんな状況をまだ把握できず、将来の夢を明るく語ってくれた。「パリで一番きれいなお店で美容師としてはたらきたいんだ…。」
華やかなパリからわずか数キロしか離れていないマヌーシュのキャラバン。マヌーシュの子供として生まれたケビンのその夢は、距離にしてあまりに近く、現実問題としてはあまりにも遠い。
私は思わずケビンに聞いた。「今、幸せか?」 その問いに、彼は首をかしげてニヤッと笑っただけだった…。
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