夏だ! 自転車だ!

チャリンコと呼ばないで! 日本の若者は自転車のことを「チャリンコ」、または略して「チャリ」という。最近「125万円のチャリンコ」という見出しを著名自転車誌の中で見つけた。ラジオでも「チャリ」を聴いた。ついに、この若者言葉をマスメディアが使うようになってしまった。 僕はチャリンコに抵抗がある。やはり自転車と呼んでもらいたい。「その言葉が正しいから」という国語審議会的な理由ではない。チャリンコには生活を豊かにしてくれる道具に対して、敬意が感じられないからである。 歩くよりも楽に速く移動できる。荷物も多く運べる。(推奨しないが二人乗りだって…)。それなのに原動力は人力のみ。自分と機械がペアを組んで、走行という身近な運動を飛躍的に向上させられる。 そして、自転車は日本より大きな面積であるフランスを100時間程で1周することだって可能な乗り物だ。僕がチャリンコを嫌う最大の理由はツール・ド・フランスとの出会いが大きい。1903年から始まったこの自転車レースは、夏のヨーロッパ最大のスポーツイベントとして定着しているだけではなく、東洋の島国からやってきた僕でも「文化」に昇格していることを十分過ぎるぐらい感じさせてくれる。 一方、日本では放置自転車問題やギャンブルのイメージが蔓延し、走行距離のほとんどは「近くのスーパーまで」のゲタ代わり感覚。敬意が込められているはずがない。 では、チャリンコではなく自転車にするにはどうすればよいのだろう。個人的意見だが、遠出をすることが近道ではないか(言いえて妙)。今まで車や電車でしか行ったことがない場所までペダルを踏んで行くのである。 道中には今まで見過ごしていた景色や花があり、目的地に着けば心地よい達成感が待っている。自らの脚力でこの地まで来られた喜びは、ペアを組んだ愛車へとそそがれる。 と、言いつつ僕も最近の移動手段はバイクが多く、反省している。仕事は“自転車操業”なんだけど…

蜂谷秀人 (カメラマン)

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