モーリス・パポン裁判の判決は期待にまったく応えていません。 何の意味もありません。

 モーリス・パポン元ジロンド県総務局長をどう思っていようとも、ボルドーの重罪院が彼に対し禁固刑十年の判決を下したことは妥協の結果です。被告に対し「人道に反する罪」が本当に成立するならば、終身刑を言い渡さなければなりませんでした。彼がユダヤ人の逮捕と監禁に加担した罪状は認めましたが、殺人への加担は認めませんでした。しかし懲役刑十年の判決には何の意味もありません。歴史家ルネ・レモン氏が述べたように、パポンの公判は期待にまったく応えていません。というのも被害者たちは、パポンを裁くことによって第二次世界大戦中、ナチスに協力したヴィシー政権を裁きたいと思っていたからです。だがモーリス・パポンはヴィシー政権のルネ・ブスケ警察長ではない、彼は高官として二次的な役割を果たしたにすぎなかった、と弁護側は主張しました。
 しかしこの公判によって、知らなかった多くのことを学べたと思います。1940年の敗北と休戦を認めた後、ヴィシー政権は多くのフランス人をナチス協力の政策で破滅させました。官僚として野心に燃えていた若いパポンはヴィシー政権の政策を不条理なまでに忠実に実行しましたが、ナチス協力の主導権は取りませんでした。彼の姿はヴィシー政権そのものです。言い変えれば国家です。第二次世界大戦以来フランスは、国家としてヴィシー政権の責任を取りたくなかったのだと思います。パポン公判で従来の歴史観を改めて見直したいと思っていた人には期待はずれでした。
 歴史を記憶する仕事はこれからも必要です。1995年シラク大統領は、終戦以来大統領としては初めて、ヴィシー政権がフランス国家であったことを認めました。ジョスパン首相も同じ行動をとりましたが、広大な仕事が残っています。それに比較すれば、パポンの公判はほんの一部でしかなかったのです。 (クロード)


59% パポン裁判はやるべきだった
32% 裁判をやる必要はなかった
59% 裁判はヴィシー時代のフランスを識る上で良い機会となった
CSA / Parisien (3/13 調査)

52% 有意義だとは思わない
46% 有意義だと思う

62% 裁判では、パポンの役割は
解明されていない

Sofres / libération (3/21 調査)
3/24日付 liberation 掲載


Opinion

どこの国でも“くさい物にはふたをする”という慣習があるようで、フランスでも、ヴィシー政権下のフランス側の積極的なユダヤ人排斥は忘れられ、ナチスに怯えて暮らしていた哀れな庶民かレジスタンスの英雄しかフランスには存在しなかったという神話があったようだ。その神話も今度のパポン裁判ではくずれつつある。永世中立国を誇るスイスも、第二次世界大戦中ドイツとは“中立”とはいいがたい関係だったことが少しずつ表面化しつつある。
 日本はどうだろう。可哀そうな敗戦国の名目にかくれて慰安婦隊や中国での人体実験等を否定していた時代は過ぎたようだが、昭和天皇の責任問題など、まだ明確にされていないことがあるのではないだろうか。終戦後、アメリカが日本での共産党の台頭をおそれ、戦犯として裁かれるべきだった右翼系の日本人を見逃したという説はどうなったのだろう。ヒットラー政権と手をむすんでいた日本は、ナチスによるユダヤ人虐殺に何の責任もないのか。日本のパポンやルネ・ブスケはまだゆうゆうと暮らしているのかもしれない。 (H・H)
● Riss / Le proces Papon (Charlie Hebdo)
大切な歴史の証言として、モーリス・パポン裁判の全容がビデオで収録された。その内容だけでなく、被告、証人、弁護士がどんな表情で、どんな口調で論議を交したのか実に興味深いが、法律的な制約でその公開は当分望めそうもない。と、残念に思っていたらこの一冊が出た。法廷内の様子を絵やデッサンで伝えようとするのは、フランスの伝統らしいが、漫画家リスも毎日のように重罪院に通い、この裁判の人間劇を生々しくとらえた。実際に立ち合っているような緊張感が伝わってくる。6月初旬までキオスクで販売中。144ページ、35F。