「地震、雷、火事、親父」は世の中の怖いものを並べた言葉。「親父」は「家父長制」を指すという。だが、今や“家の長”たるオヤジのめっきはかなり剥がれた。その代わり、新しい形の恐怖が私たちを脅かし続ける。そのひとつがデジタル社会。常時接続の生活ではネット上こそが現実だ。ここで失敗をしたなら、その記録は半永久的に刻まれるらしい。
タイトルの意味は「履歴を消す」。ネット上に残る記録に苦しむ小市民が主人公だ。ベルトラン(ドゥニ・ポダリデス)は愛娘がいじめビデオの被害者。マリ(ブランシュ・ガルダン)はセックスビデオで恐喝を受ける。クリスティーヌ(コリンヌ・マシエロ)は評価が上がらぬタクシー運転手。彼らはジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)の精神で、巨大な権力に立ち向かう。グローバル化とデジタル社会の滑稽さ、不自由さの描写に笑いっぱなし。だが、それらは私たちの現実と地続きで、出口の見えぬ蟻地獄社会の行く末に空恐ろしさを感じる。
ブノワ・デレピーヌ&ギュスターヴ・ケルヴェルンの監督デュオ作品で、今回でコラボは10本目。『Le Grand Soir』などの秀作があるが、ヨーロッパ映画に笑いを求めぬ日本では知る人ぞ知る存在。だが、本作でベルリン映画祭70回記念銀熊賞を獲得し、世界的にも注目株と言ってよい。シュールで辛辣な社会批判だが、底辺であえぐ者たちの友情と希望の物語にもなっており、監督の心根の優しさを感じた。芸達者な主演俳優陣に加え、同監督コンビ作品でおなじみの豪華な端役(ミシェル・ウエルベック、ブノワ・ポールヴールド、ヴァンサン・ラコスト)も見所。重油流出事故のあったモーリシャス島も撮影地のひとつとして登場するが、ケルヴェルン監督の出身地だそうで複雑な気分になった。(瑞)