何の広告もなく出版後2週間で4回増刷され、5万部売れた異例の本がある。弱冠29歳の著者ジュアン・ブランコは、ウィキリークスのジュリアン・アサンジや「黄色いベスト」マクシム・ニコルの弁護士としても知られる。著者は、オリガーク(少数の支配的大富豪)の財力・影響力によってマクロンが大統領候補に押し出されたからくりを示す。
フランスの大富豪は近年、主要なメディアを次々と買収し、その90%が9人の大富豪に握られるに至った。LVMHの会長ベルナール・アルノー(Le Parisien、Les Echos)、通信フリーの創始者グザヴィエ・ニエル(le Monde、 l’Obs)、SFRを2014年買収したパトリック・ドライ(BFM-TV、Libération、L’Express)、アルノー・ラガルデール(Paris Match、JDD、RFM)などは、自分が持つメディアを使い「卓越した政界の新人」という神話を一斉に流布し、政治の経験と地盤が皆無のマクロンを大統領候補に仕立てた。マクロンは財界有力者と高級官僚、メディア内有力者からなる「パリのエリート社会」に抜擢され、彼らの利益に仕えるために大統領に選出されたとブランコは主張する。そして、それを知りながら調査・報道せず、市民を欺くイメージ操作に加担したジャーナリズムの堕落を摘発する。
支配層のブルジョワジーが同じ有名校に子どもを通わせ、親交を深めて「族内結婚」で再生産されることは、社会学者の研究が示している。マクロンは地方ブルジョワジーの出身だが、妻のブリジットはパリの有名私立高校でアルノーの子ども達を教え、アルノーと親しくなる。アルノーの娘はニエルと結婚。2人の大富豪が、ピープル雑誌を牛耳るミシェル(ミミ)・マルシャンをマクロン夫妻に紹介した。マクロンは多くの高級官僚と政治家が出るパリ政治学院とENA(国立行政学院)の人脈を通して、権力の中枢に近づく。マクロンをジャック・アタリに紹介し、オランド大統領の官房に抜擢したのは財務査察局での上司J.P.ジュイエだ。ENAの同期生でオランドの中枢顧問だったジュイエは大ブルジョワジー出身の妻の人脈を通して財界とパリ政治学院のネットワークとも繋がっていた。
公益に奉仕するために国費で養成された高級官僚と財界が結託し、オリガークによる公財産の略奪(私有化、規制緩和など)に加担する背徳を、ブランコは糾弾する。彼自身が「パリのエリート社会」出身で、ニエルに雇用されかけた経験に基づく告発だ。人脈のみで大臣補佐に抜擢された同級生ガブリエル・アタルはじめ、「内輪昇進」したマクロンの側近たちと異なり、ブランコは民主主義の理念を守るために「彼ら」の一員になることを拒んだ。そして、腐敗したこの黄昏のシステムを覆すために、立ち上がる時が来たと呼びかける。(飛)