映画界は賞レースの季節。米映画アカデミー賞(オスカー)8部門にノミネートされているバリー・ジェンキンス監督の『Moonlight』は、アカデミー前哨戦と言われる(ハリウッド外国人映画記者協会が選ぶ)ゴールデングローブ賞のドラマ部門作品賞を受賞している。
がんがん鳴り響く音楽、ぐるんぐるん廻るカメラ、アブナイ雰囲気の街、映画は冒頭から、主人公が生きる環境に観客を突っ込む。リトルとあだ名される少年、シャイロンはいじめの標的になっている。彼を救い出したジュアンは、麻薬ディーラーのボス格だが、素顔はナイスガイ。たぶん少年リトルに自分の幼少時の面影を見たのか彼の父親代わり的な役を引き受ける。母子家庭に育ったリトルの母は麻薬中毒、息子を自分勝手な愛で抑圧する。リトルが内向的で無口で根暗なのも、仕方がない状況だ。
映画は主人公の少年期、青年期、大人になってからを追う三部構成。高校生になったシャイロンは相変わらず不当ないじめを受けながらも無表情で耐えている。感情が見えない。少年期から唯一人の話し相手であったケヴィンと、シャイロンにとって最初で最後の性交渉を持つ。そして受け身の暴力が沸点に達しキレる日が来る。シャイロンはパトカーに乗せられて連行される。
数年後、大人になったシャイロンはブラックと通称される、かつてのジュアンのような麻薬ディーラーになっている。金歯を入れ厳つい体格で威嚇的な雰囲気を漂わせている。相変わらず無表情だ。彼の感情が微妙に動くのは、今は施設にいる母と面会する時だけ。ある日、あれ以来没交渉だったケヴィンから突然の電話。今は平凡な人生を受け入れて生きるケヴィンと再会したシャイロン=ブラックにシャイながらも人間らしい感情や表情が生まれ、相手とのコミュニケーションが成り立つ。救いの時だ。
ある意味、乾いた映画だ。観客の同情や哀れみを誘ったりせず、ある半生をただ見せている。それをどうキャッチするかはあなたに委ねられている。(吉)