マダム・キミのシルバーラウンジ2018年11月1日号

 信州生まれの芦部氏は84歳、東京生まれの延子さんは82歳。1954年、芦部氏は19歳の時、横浜から船で渡仏。当時パリ16区に戦前からあったホテル「ぼたんや」で働いたが、1958年に経営者が亡くなり、パンテオン近くに小料理店を開く。遠い親戚の延子さんは1960年に来仏し、夫婦二人三脚のレストラン稼業が始まる。1963年、オペラ街に「たから」を開店。

  戦後間もない1950年代のパリジャンは日本料理に関心がありましたか?
  当時は中華料理が中心でした。私が最初に勤めた「ぼたんや」は、横光利一の小説 『旅愁』にも出てきます。1963年、コメディ・フランセーズ近くのモリエール通りに「たから」を開店しました。パリに来られる日本人著名人の中には、松本清張、瀬戸内寂聴(元晴美)、長嶋・王元両監督、漫画家の横山隆一、草月流勅使河原蒼風、岩波ホール元支配人高野悦子、マガジンハウス(旧平凡出版)創立者の清水達夫、石原裕次郎と朝丘ルリ子…と大版のサイン帳に皆さんが達者な筆で思い思いの言葉を残して下さいました。フランス人ではピエール・カルダンやラガーフェルド、ジャンヌ・モロー、ゲンズブールとジェーン・バーキンやゴルチエ…。こうしてたくさんの方々にお目にかかれて幸せでした。日本料理は初めてというフランス人客には箸の持ち方、わさびとマスタードの違い、さしみの食べ方なども説明しました。中には祖父からひ孫まで4世代も続けて来てくれました。10人に1人は生魚が苦手な人がいました。今の若い世代が日本料理の味に親しくなる前に「たから」で日本の味との出会いを満喫していたようです。

おふたりのご趣味は何ですか?
ゴルフと旅でしょうか。旅行もかねてスペインやタイにまで行きました。動物好きの主人は北海道犬を2匹飼い品評会にも出していました。彼は3年前に脳梗塞の手術を受け、今は自宅静養中です。私はテラスの植木いじりが好きです。長女が手伝ってくれます。2006年に店を譲渡した後、定年生活に入る前に心の入れ替えにアルゼンチンから船で南極に渡り、氷原で戯れるペンギンを見て、その後、ブラジルで世界三大瀑布といわれるイグアスの滝を見に行きました。今、長かった旅の数々の思い出を反芻しています。