「イスラム分離主義」に対抗するための「共和国原則を強化する法案」(もとの名は「反分離主義法案 projet de loi contre le séparatisme」)が2020年12月9日に閣議で承認された。
閣議後、カステックス首相は「反宗教でも反イスラムでもない、自由と国民保護の法案」として法案の内容を発表した。国民議会での審議入りは2月になりそうだが、与党内でも意見は分かれている上、市民団体、文化人、人権擁護団体などからは言論、宗教、教育の自由を侵害する法律だと批判の声が上がっている。
法案の主な内容は以下の通り:
● 人の生命を危険にさらす、個人を特定できる情報伝播は犯罪
昨年10月の教師殺害事件を受けて、人の生命を危険にさらすような個人の特定や居場所に関する情報を伝播することは犯罪となり、最高で禁固3年、4万5千ユーロの罰金。対象が公務員や当局の場合はさらに罪が重くなる。
● 在宅教育と非認可学校への監視強化
2019年9月から在宅教育は健康上の理由などによる特例措置とされ、毎年、教育当局の許可が必要となる。教育省と学習要綱契約を交わさない学校への監視を強化し、「逸脱」がある場合は行政による強制閉鎖の可能性も。
● アソシエーション(協会)・宗教施設へのへの監視強化
公的援助を受ける協会については「共和国の原則」を遵守する憲章への署名を義務付ける。協会のメンバーが起こした不正行為・事件も協会に責任があるとされ、解散を強制することが可能に。宗教施設(多くは協会として運営)が外国から1万ユーロ以上の寄付を受ける場合は申告方式を義務付けられる。過激派によるモスク乗っ取りを防止するための対策強化。
● 知事の「共和国の義務不履行」措置行使と権限拡大
交通機関など公共サービスに従事する職員は私法に基づく会社であっても、宗教的中立の原則を適用される。市営プールの男女別時間帯設置など、地方公共団体による公共サービスの中立性が侵されたと知事(県や地域圏に国から派遣される委員)が判断すれば、「共和国の義務不履行」としてその事業の停止を命令できる。
●処女証明書を発行する医療関係者には禁固1年、1万5千ユーロの罰金。強制結婚の恐れがある場合は、市町村の戸籍係は当事者に聞き取りをして検察官に届け出る義務がある。
この法案については国務院が12月7日に意見を出し、政府は一部の条文を書き換えた。政府原案では在宅教育は禁止とされていたが、国務院は1882年のフェリー法で保証された教育の自由と憲法に抵触する恐れがあるため、禁止でなく、在宅教育が可能な例を挙げるように勧告。
法案は「イスラム分離主義」者による非認可校や在宅教育を禁止するのが目的だ。しかし現在、約5万人いるとされる在宅教育を受ける児童・生徒は、健康上の理由はもとより、イスラム教ばかりでなくカトリックの教義による教育を施したい親、教育省の学習要綱に賛同しない自由教育を目指す親など、理由は様々だ。そうした親からは教育の自由が侵害されるとの抗議の声がある。知事の権限拡大についても国務院は地方公共団体の自治を侵す恐れがあるとして政府に再検討を促した。
フランス共和国の原則といえば、自由、平等、ライシテなどがすぐに思い浮かぶが、この法案では特にライシテが焦点になっている。ライシテは本来、政教分離、信教の自由のはずだが、法案ではイスラム共同体への抑圧姿勢が目立つ。内相が最近、ムスリム差別への支援活動を行う「フランス・イスラム嫌悪撲滅団体(CCIF)」の解散命令を出した(11/27自主解散した)こともこの流れの一例だ。
協会・市民団体への監視強化、地方自治体への国の権限強化も自由を抑圧するものであり、共和国原則強化と謳いながら、第一の原則「自由」を制限するのは矛盾しているとの批判は的を得たものだろう。(し)