
新しく就任したルコルニュ首相率いる今後の予算案の議論において「ズックマン税 Taxe Zucman」が焦点となっている。これは超富裕層の資産に最低2%課税するという税制で、左派が推しているものだ。
この超富裕層へのミニマム課税の考え方は、格差や脱税の研究で知られるフランス経済学者ガブリエル・ズックマン氏が2019年にエマニュエル・サエズ氏との共著*の中で唱えたもの。エステル・デュフロ氏らノーベル経済学賞受賞者を含む多くの経済学者が賛同しており、昨年のG20財務相・中央銀行総裁会議で超富裕層の株式や不動産などの資産に対して2%の税率を課す案が検討された。

*Le Triomphe de l’injustice – Richesse, évasion fiscale et démocratie, Seuil, 2020, Gabriel Zucman et Emmanuel Saez
『つくられた格差 不公平税制が生んだ所得の不平等』光文社2020年、ガブリエル・ズックマン、エマニュエル・サエズ著、山田美明訳(英題:The Triumph of Injustice: How the Rich Dodge Taxes and How to Make Them Pay, W. W. Norton & Company, 2019, Gabriel Zucman and Emmanuel Saez)
超富裕層に2%課税。
ズックマン氏によると、フランス人が平均して各種税金、社会保険料などを合わせると収入の50%弱を支払っているのに対し、超富裕層は27%しか払っていないとし、超富裕層の資産に対して世界規模で最低限2%課税すべきとしている。同氏は、フランスでは超富豪およそ1800人が対象となり、年間150億~250億€の税収増になると主張する。これに着想を得て、納税者の0.01%にあたる1億€以上の資産を有する人にミニマム課税2%を規定するズックマン税法案(「超富裕層の資産への最低課税法案」)がエコロジスト党の提案で2月に国民議会に提出され、116対39票で可決。ところが、右派が多数を占める上院では6月に否決された。バイルー政権やマクロン大統領は、ミニマム課税を導入すればそれを払うために企業や事業の一部または全部を売却せざるを得ないケースやフランスを離れるケースも出てくるため仏経済に打撃を与えるとして7月半ばに廃案とした。
だが、資産への課税率を1ポイント上げても、仏を離れるのは対象者の0.02%~0.23%でしかないと首相府管轄下の経済分析評議会は分析する。ミニマム課税には国民の75%が賛成していると言われる。フォーブス誌によると、フランスの10億€以上の資産を有する超富裕層は合計で、仏国内総生産(GDP)の30%にあたる資産を持つと言われ、ここ30年くらいで国民は格差の広がりをより強く感じているという。
極右の国民連合(RN)がすでに国民議会解散を求めているため、ルコルニュ新首相は不信任案を避けるために社会党の支持をとりつけるのに必死だ。そのため新首相は年金制度改革の見直しを交渉テーマとして掲げているが、バイルー前首相が昨年半年かけて労使代表者と交渉した結果、何らの成果も出なかったことで労組は落胆しており、新首相の見直しの意思に疑問視する向きもある。
社会党をはじめとする左派諸党や労組はズックマン税を来年度予算案に組み込むべきと要求しており、それを政府が受け入れなければ内閣不信任案を出すとしている。バイルー内閣の緊縮予算案は社会福祉諸手当の凍結、公務員削減、祭日の2日減少と国民に厳しいものだっただけに、社会党らは「病人、失業者、労働者、若者、退職者に負担を迫る予算案は拒否する」と明言している。
与党連合のなかにはズックマン税に賛意を示す人も少数いるが、与党連合と連携する右派の共和党は明確に反対。不信任案のリスクと共和党離反のリスクの間で、ルコルニュ首相の選択の余地は非常に狭いと言わざるを得ない。(し)
