ダンスを通して難民の自立を支援 2017-05-13 社会ラボ 0連載コラム ジェルヴァンヌ・ルリドンさんは、文化でアフリカの人々を人道的に支援する財団「アフリカンアーティスト・フォー・ディベロップメント」の運営者だ。子どもの頃、コートジボワールに住んだことがある。2009年に夫のマティアスさんと財団を設立した。活動のひとつに、難民キャンプで行うダンスのワ [...]
マダム・キミのシルバーラウンジ:5月1日号 2017-05-11 シルバーラウンジ 0連載コラム H氏(69)は1947年、千葉県に生まれ、7人兄弟の5人目。父親は住職を経て国語教師に。16歳の時、ヒッチハイクで日本全国を回る。エンジニアとして働きお金を貯め、3年間オセアニア、南太平洋、アジア諸国を回る旅に出る。1976年、パリにたどり着いた時は29歳だった。1年後、ホテル [...]
マダム・キミのシルバーラウンジ 4月1日号 2017-04-10 シルバーラウンジ 0連載コラム S子さん(62)は福島県の会津で生まれ、姉と弟がいる。父親は製材所勤務。高卒後、羽田空港の免税店で働き、24歳の時英語を学ぶため親からの援助を受けずに2年の予定で英国南部の町に向かった。そこでフランス人男性と出会い、一旦日本に帰国するが、彼との英語での文通が続き、彼のラブレタ [...]
Duralex のコップ 2017-03-18 MADE IN FRANCE 0連載コラム 学校や会社の食堂、カフェやビストロ、家庭でもよく見かけるコップ(グラスというよりはコップと呼びたい)。丈夫で割れにくく底が厚いので安定感があって手になじむ。その商標が 「デュラレックス」 とは知らなくても、このコップを手にしたことのないフランス人はいないだろう。それほどフランス [...]
マダム・キミのシルバーラウンジ:3月1日号 2017-03-12 シルバーラウンジ 0連載コラム ホシさんは福島県に生まれ、兄に次ぐ7人の姉妹の一人。行きたかった美大をけって美容師の道を選ぶ。警視庁勤務の男性と見合いし3人子供を持ったが30 代で離婚し夫に親権を譲る。 美容師としての道はどこで始まりましたか? 東京のデパートの美容室でスタイリストとして始め、ロンドンのヴィダ [...]
脱税を告発する「イス引き抜き隊」 2017-03-06 抵抗する人 0連載コラム 人の畑に入って、遺伝子組み換え作物を引き抜くボランティア組織「遺伝子組み換え作物引き抜き勝手連 Faucheurs Volontaires d’OGM」がある。それに似た 「イス抜き取り隊 Faucheurs de chaises」ができた。脱税や資金洗浄に加担して [...]
S. Poursin のバックル 2017-02-17 MADE IN FRANCE 0連載コラム 昨年、パリ市庁舎で開催された展示会 「メイド・イン・パリ」で 「Sプルサン」という会社名が印象に残った。19世紀からパリ市内で馬具用や皮革製品のバックルを作り続けている企業だ。今でもバックルをパリで製造?と興味をそそられ、さっそく電話してみると、「今は会社再建中でとりこんでいる」 [...]
マダム・キミのシルバーラウンジ:2月1日号 2017-02-13 シルバーラウンジ 0連載コラム S子さん(73)は東京で育ち学芸大に入る。68年夏、来仏。N氏は65年に来仏。親同士が知り合いの二人はパリで会い、結婚し長女が生まれ、2年半後に長男、次に双子の息子が誕生。N氏はオービュッソン織の技術を学び、国際的に高名な前衛タペストリー作家となる。97年、日本での個展後57歳 [...]
シャルリー・エブド事件の悲しみを超えて。「ティヌス賞」創設。 2017-02-08 社会ラボ 0連載コラム パリ郊外のモントルイユ市が、シャルリー・エブド襲撃事件で亡くなった風刺画家、ティヌスにちなみ、「ティヌス賞」を創設した。ティヌス(本名ベルナール・ヴェルラック)はモントルイユの住民で、地元の中高校生対象にデッサンのワークショップを行うなど、市の文化活動に積極的に参加していた。「事 [...]
Dupont Kineの日よけ 2017-01-25 MADE IN FRANCE 0連載コラム 冬でも天気のいい日には、パリのカフェのテラスは人でいっぱいになる。パリのカフェといえば、すぐに布製の日よけ (store)が張り出したテラスが思い浮かぶほど、それはパリの風景の一部になっている。そこで、イル・ド・フランス一の日よけ製造・施工のデュポン・キン社をパリ南郊のバニューに [...]