ボルヌ首相は3月16日、憲法第49条3項の規定を適用して、国民議会で年金改革法案を強行採択した。これで同法案は最終的に成立したが、政府の強硬なやり方に憤慨する左派連合Nupesらが内閣不信任動議を提出するほか、労組も抗議運動を続ける姿勢で、混乱はしばらく続きそうだ。
年金改革法案は法定定年年齢を現行の62歳から2027年までに段階的に64歳に引き上げ、それに伴ない年金保険料の納付期間も43年にするもので、法案発表の1月半ばからデモやストライキが断続的に続いていた。
政府は同法案を社会保障資金法案として国会に提出することで憲法第47条を適用し、国民議会の審議を20日間、上院の審議を15日間に制限。これに反発した左派が国民議会に約2万件の修正案を提出し、議事妨害をして採決できずに2月半ばに審議が終了。続く上院でも各条項の審議を途中で中止し、政府の認める修正案も含めて、憲法第44条3項を適用した一括採決で3月11日に賛成195、反対112票で可決した。これを受けて15日に両院合同委員会で最終案が与党連合、共和党の賛成多数で決まった。上院は16日午前、賛成193、反対114票で可決。午後の国民議会では、政府は採決をとると約束していたが、結局、強行採択となった。
ボルヌ首相は国民議会で、最終法案は労組、経営者団体、国会各党派との協議の結果であり、「数票の差で」国会の審議に費やした時間を無駄にできないと、強行採択の理由を説明。マクロン大統領も「(年金改革が実施されないなら)財政面、経済面のリスクが大きすぎる」ために強行採択をしたと発言した。
最終法案は、64歳定年、パリ交通公社(RATP)、ガス・電力企業などいくつかの特別制度の廃止という主要な改革は政府原案のまま。16~21歳で働き始めた人が43年以上の保険料納付を強いられないよう定年年齢を例外的に前倒しにしたこと、育児のための不就労期間を納付期間に一部算入することで女性の63歳定年を可能にすること、シニア雇用のために新タイプの無期雇用契約を2026年までの期限付きで試験導入するなどのわずかな修正案が上院で盛り込まれたにすぎない。国民の7割が反対する64歳定年や、苦痛度の高い労働や不安定労働、女性の不利な状況が十分に議論されたとは言えない。マクロン大統領の先の発言からも、財政的理由から政権は最初から年金改革を政府案に近い形で押し通す意図だったのではないかと思われる。
強行採択には与党連合や共和党からも失望の声が上がったほか、左派のメランション氏は「この法案は国会承認の正当性がまったくない」、共産党は「民主主義の否定以上」などと反発。これまでにも内閣不信任案を提出した左派連合と極右の国民連合に加え、中道LIOT党も不信任案を提出する構えだ。
強行採択後は、国民議会前に集結していた労働組合員に加えて、強行採択に反対する数千人の人々がコンコルド広場に集まり、治安部隊が出動する事態に発展した。労組は「国民を侮辱する」強行採択に強く反発し、23日のデモを呼びかけるとともに、「抗議運動とストは拡大するだろう」と発言。RATP、国鉄、エネルギー関係の労組は個別の抗議運動やサボタージュが起きる可能性も示唆しており、ストやデモの参加率は3月上旬に比べて減っているが、今後もさまざまな形で抗議運動が継続されそうだ。(し)