2020年にイスラム過激思想の男に殺害された教師サミュエル・パティさんの事件の裁判は11月4日にパリの特別重罪院で始まった、パティさんの勤めた学校の校長、同僚の歴史教師、パティさんの家族の証言などが相次いでいるが、公判は12月20日頃まで行われる予定。
パティさんはパリ郊外イヴリーヌ県の中学の歴史教師だったが、「言論・表現の自由」についての授業で風刺画を見せてムハンマドを冒涜したとして、2020年10月16日にチェチェン人難民アブドゥラフ・アンゾロフ(当時18)に学校のすぐ近くでナイフで滅多切りにされ、斬首された。犯人は事件直後に警察に射殺されたが、イスラム過激思想を持つジハーディストによる猟奇的な事件として仏社会を震撼させた。
今回の裁判では8人の被告が裁かれる。問題の授業があった10月6日に欠席していたのに、ムハンマドの風刺画を見せる前にムスリムの生徒に教室を出るようパティさんが求めたと嘘をついた(実際にはその時だけ目をそむけてもよいと言った)女生徒の父親ブライム・シュニナ被告(52)、そしてイスラム原理主義活動家アブデルアキム・セフリウィ被告(65)。この2人は、パティさんがイスラムとムハンマドを冒涜したという趣旨の動画を実名を出してSNSで拡散し憎悪をあおったとされる。犯人はそのSNSを見てパティさんのことを知ったため、この2被告はテロ関与の罪状を問われている。しかも、ちょうどその頃、諷刺紙シャルリー・エブドがムハンマドの風刺画を再掲載し、アルカイダなどが仏でのテロを呼びかけていた。
さらに犯人の2人の友人ナイム・ブダウッド被告(22)、アジム・エプシルカノフ被告(23)はテロ共犯罪に問われている。2人は犯人の意図を理解した上で、エアソフトガンやナイフの購入に同行していたとされる。そのほか、ツイッター上で犯人と頻繁にやり取りをしていた36歳の女性を含む4人が、ネット上で犯人の意図に賛同したとしてテロに関与した罪で裁かれる。女性以外の男3人(いずれも22歳)はSnapchatでジハードに関するやり取りをし、犯行を事前に知っていたとされる。犯人は事件直後、Snapchatにパティさんの首を切った写真を投稿していた。
犯行当日、中学校前で犯人からお金をもらって学校から出てくるパティさんを特定した中学生5人ならびに、嘘の情報を父親に告げた女生徒はすでに昨年12月に少年裁判所で裁かれ、執行猶予付禁固14ヵ月から実刑6ヵ月までの有罪判決を受けている。
今回の公判では、中学の女性校長が12日、シュニナ被告とセフリウィ被告が問題の授業の2日後に校長に面会を求めてやってきた後、学校に多数の脅迫メールや電話がかかったため、警察、大学区長らに連絡し告訴した経緯などを証言し、パティさんとともに警戒感を強めていたなかでの事件であることが改めて明らかになった。
被害者であるパティさんとも生徒らとも直接に面識のない犯人がSNS上の憎悪情報をきっかけに残忍な犯行に及ぶという従来にはなかった事件だ。SNS上であおられた憎悪が殺人事件の直接の原因とみなされるのか、SNS上の投稿や発言の責任の範囲も争点となるだろう。国民に大きな衝撃を与え、言論の自由のシンボルになったパティさんの事件の裁判の行方に注目したい。(し)