
Un simple accident
カンヌ映画祭で最高賞パルムドールに輝き、アカデミー賞国際長編映画賞のフランス代表にも選出。巨匠ジャファール・パナヒの新作は、早くも本年度を代表するフランス映画に。舞台はテヘラン近郊、言語はペルシャ語、監督も俳優もイラン人だが、製作がフランス主導(製作費の8割以上がフランス)の作品だ。
元政治犯のヴァヒドは家族と移動中に車で犬を轢(ひ)く。いたって“シンプルな事故”だ。点検のため修理工房に寄った際、ある音が耳に飛び込む。かつて刑務所で自分を拷問した、足の悪い男の歩く音だ……。
ヴァヒドは憎悪に任せ男を誘拐、バンに乗せる。しかし、復讐を試みるも、すんでのところで迷いが生じた。“シンプルな事故”は、巡り巡って、“複雑な葛藤”へと変わる。
「反体制プロパガンダ」の罪で収監された監督が、その経験をヒントにドラマを膨らませた。思えば昨年も、やはりカンヌで審査員特別賞を受賞した『聖なるイチジクの種』のモハマド・ラスロフ監督が、自身の投獄経験をドラマに反映させていた。転んでもタダでは起きぬイラン人監督の不屈の精神には驚くばかりだ。
復讐を試みるスリラー映画だが、主人公の迷いが、時に場違いな喜劇性を帯びるのは面白い。とはいえ、笑顔が優しい監督本人出演の過去作にあった人間味やユーモアは影を潜め、怒りや恐怖、暴力性がより前面に描かれる。イラン当局から弾圧を受け続ける監督の心境に、何か変化があったのだろうか。
しかし、亡命を選ぶイランの芸術家が多いなか(ラスロフ監督もドイツ在住)、人一倍祖国愛の強いパナヒは、たとえお上に嫌われようとも「すぐ帰りたい」とカンヌ受賞の翌日に帰国。現在、イランで本作の公開予定はないという。(瑞)

