中国の製紙技術がヨーロッパに伝わったのは11世紀。フランスでは13~14世紀から全国に広がり、麻の布切れを水車の動力でひきつぶし、その繊維で手漉き紙を作る工房(Moulin à papier)が多数つくられた。製紙が盛んだったリムザン地方にある15世紀の工房ムーラン・デュ・ゴットを訪ねた。
リモージュから1両編成の電車で20分。サン・レオナール・ド・ノブラという古色ゆかしい町に着く。サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼者が必ず立ち寄ったという11-12世紀築のロマネスク様式の教会など中世の建物が多く残る町だ。駅からヴィエンヌ川沿いに4.5km下ると、石造りの紙漉き工房がある。その責任者マリー=クレール・クリュゼルさんが案内してくれた。
8世紀に中国人によって中央アジアに伝えられた製紙技術は、11世紀にスペイン南部、12~13世紀にイタリアや仏南部に伝わったといわれる。14世紀には仏北部にも伝わり、産業革命で機械化される19世紀まで全国各地に紙漉き水車工房があった。サン・レオナール・ド・ノブラは18世紀には24の紙漉き工房を持つ製紙の盛んな町だった。
工房は石造りの3階建て。残念ながら水車は壊れていて現在は使われていない。かつてはヴィエンヌ川から引いた水路で水車を回していたが、今は電気が動力だ。巨大な石のローラーが細かく裂いた布切れ(湿らせて腐らせた麻、大麻、綿)や古紙をつぶして繊維を細かくする。19世紀までは布切れを回収する業者「シフォニエchiffonier」がいたので布切れから紙を漉いていたが、今は化学繊維の増加で業者がおらず、麻や綿の繊維を買うのだそうだ。その繊維に水を混ぜてから、紙漉き型ですくう。それを合成フェルトのマットの間にはさんで何枚も重ねていき、プレス機で水分を取って数日間おく。その後、1枚ずつ1~2.5日乾かせば出来上がりだ。
この工房では麻や綿の繊維から作るアート紙のほか、古紙(公立図書館の廃棄本、投票用紙など)を原料にした紙、野菜くず(学校給食など)で独特の手漉き紙を作っている。野菜くずの紙は好評で、繊維の少ない野菜には綿麻の繊維を加えて漉く。人参、玉ネギ、アスパラ、ネギなど独特の風合いが美しい。
工房には昔の活版印刷用の活字があるほか、キーボードで文章を打ち込んで、溶けた鉛で活字を作るという珍しい機械 「ライノタイプ」もある。名刺、各種カードから本まで、モノに応じて18世紀から20世紀までの手動と自動の機械で印刷する業務も行う。
1489年創業のこの工房は1954年まで操業していたが、その後解体計画が浮上。製紙・印刷業者が中心となって1997年に協会を作って保存を目指し、2003年に工房を再スタートさせた。工房見学(年間1万5000人)、紙づくりワークショップ、製品を売るブティックなどの売上でスタッフ6人の運営費の93%をカバーする。年に1回展覧会も開いており、12月23日まで開催中の展覧会は紙の服やアクセサリーがテーマ。これが紙かと思うほど繊細な作品もあった。マリー=クレールさんは「革新的でアーティスティックな紙と印刷を提案してノウハウを伝えたい」と語ってくれた。(し)