
マクロン大統領は3月5日、20時のニュース枠で国民に向けた14分弱の演説を行い、ロシアの脅威にさらされている欧州とフランスの軍備増強のために国民の努力を求めると重々しい口調で訴えた。
「平和への道はウクライナを見捨てることでは得られない。平和はロシアの専制であってはならない」と、トランプ米大統領が当事者のウクライナやEU抜きで和平協定を探っていることを暗に批判。米国とのパートナーシップや北大西洋条約機構(NATO)との関係を維持しつつ、フランスおよび欧州連合(EU)の防衛力を強化し、兵器をEU域内で生産し調達することが重要とし、フランスの核抑止力による欧州の防衛戦略について議論する用意があるとした。増税せずに軍事予算を増額する方法を模索するよう政府に求めた。
まるで有事を想定したかのような「祖国のための結束」の呼びかけに、左派各党は防衛費増強には賛成するが、その財源のために社会保障や環境保護の施策を犠牲にすることのないよう警鐘を鳴らし、富裕層への特別税を呼びかけた。2月末時点での仏国民の世論調査(時事週刊誌ル・ポワン)では、65%がEUでの戦争のリスクが高まっているとし、52%がトランプ政権下で世界の不安定さが増していると回答。42%が国防予算を国内総生産の5%にする(現行2%)ための増税もやむを得ないとした。だが、別の世論調査(経済紙レゼコー)では61%がまず財政赤字を減らすことが優先課題であるとし、軍事予算増に慎重な態度を見せた。軍事予算増のためバイルー首相は国債発行の可能性を、マクロンはそのための貯蓄預金口座を新設する可能性を示したが、方針はまだ決まっていない。
核抑止力については、独保守連合CDU-CSUのメルツ次期首相候補がドイツ首脳としては初めて2月下旬、仏英の核による保護について両国と話し合いたいと発言。これまで米国の核の傘下に安住していたバルト3国やスウェーデン、ポーランド、デンマークなども関心を示すようになったという。これを受けてマクロン大統領は今回、仏の「核の傘」の拡大に言及したわけだが、軍備について米との関係が強い英は仏より慎重な姿勢だ。ルコルニュ仏軍事相は「われわれの核抑止力はフランスのもの」であり、仏の核兵器を他国と共有するのではなく「戦略文化を広める」と発言。今後この点で欧州諸国の協力が実現するとしたら、まずは空軍の戦略的共同演習などが実施されるだろうと見られている。
一方で、6日にブリュッセルで開催された特別欧州理事会(EU首脳会議)ではフォン・デア・ライエンEU委員長が提示した8000億€規模の「欧州再軍備計画」が加盟国の合意を得た。予算の多くは各加盟国の負担になるが、まずはEUが1500億€を共同で借り入れてから、希望する国に貸し付ける方法が考えられている。航空防衛システム、大砲、ミサイル、ドローンなど防衛費の使用項目でも合意しており、たとえば独はすでに自国の防衛予算を年間1000億€にする意向を明らかにしている。EU委は19日にも防衛白書を提示してより具体的な防衛力強化の戦略を提案する予定だ。
ポーランドなどは米との関係を保ちたいために、EU域内の軍事産業発展には消極的だが、自国の軍事産業を活性化させたいフランスは欧州の軍事産業発展に積極的だ。独のメルツ次期首相は米国との距離を取る姿勢を明らかにしており、EUの再軍備化でも加盟諸国が一枚岩とは言えないが、欧州に背を向けるトランプ政権の態度により、欧州諸国の団結が強まっているのは確かなようだ。(し)
