半世紀経って再現されたジャコメッティのアトリエ。

20世紀近代芸術を代表する彫刻家アルベルト・ジャコメッティ(1901〜66)が住んでいた家が、14区のイッポリット・マンドロン通りに遺されています。イタリア国境に近いスイスで生まれ、1922年にパリに来たジャコメッティは、26年から死ぬまでの40年間をこの家で過ごした。30年からは、造形作家の弟ディエゴが同居、戦後に結婚してからは奥さんのアネットも一緒だった。

アレジアに近い庶民的な地区にある、あまり立派とは言えないこの家に接して建っていたアトリエは、残念ながら既に取り払われれてしまい、車庫に変わっている。それはアトリエとはいっても、板張りの粗末な物置のような建物だったという。

ジャコメッティが住んでいた家。46 rue Hippolyte Maindron 14e.

モノやオカネにまるで関心がなかったジャコメッティは、晩年、世界的に評価されるようになってからも変わることなく、この“埃だらけで狭くて寒い”と言われた空間で、ひたすら自分の表現を追求し続けていた …… 。

2018年、ジャコメッティ財団が、14区のモンパルナス墓地東の瀟洒な建物に、「アンスティテュ・ジャコメッティ」を開館。この館内にジャコメッティのアトリエ内部が再現されています。大きなガラスで囲われたアトリエには、粗末なベッドや椅子、画架の間に、代表作の「歩く男」や最晩年の「座る男の胸像」などの石膏像が並んでいる。後者は最後のモデルとなった写真家エリー・ロタールの像。

どれもアネットの胸像。

ジャコメッティはこの狭いアトリエで、いろんな人をモデルとして長時間座らせて制作している。ディエゴやアネットはもちろん、モデルを務めたジャン・ジュネや矢内原伊作との交流から、多くの作品が生まれています。

机にはジャコメッティが使っていた眼鏡や道具類が置かれている。彼の落書きデッサンがある奧の壁は、元のアトリエの板壁をアネットが剥がして保存していたもの。壁にはいつも着ていた古びたレインコートも掛けられています …… 。

アンスティテュ・ジャコメッティのあるヴィクトール・シュルシェ通りは、ラスパイユ大通りのカルティエ財団前からダゲール通りの方へ向かう静かな道で、西側にモンパルナス墓地の塀が続き、東側には20世紀前半に建てられたアトリエ住宅が並んでいる。アンスティテュ・ジャコメッティ隣の5bis番地には1913〜16年にピカソが、11番地には1955〜86年にボーヴォワールが住んでいた。

ヴィクトール・シュルシェ通り5番地。右はピカソがいた家。

5番地のアンスティテュ・ジャコメッティの建物は、1912〜14年に装飾芸術家ポール・フォロのアトリエ住宅兼ショールームとして建てられたもの。フォロは、1900年代の初めから30年代にかけて活躍したデザイナーで、ウエッジウッドの器、クリストフルの銀器、豪華客船ノルマンディ号の内装などを手がけている。彼自身が設計したこの家は、華麗な装飾が施され、歴史的建造物に指定されている。

この家の1階と2階をアンスティテュが占めている。隅々まで丁寧に改装された空間には、元の装飾が生かされています。天井にはアール・ヌーヴォーの植物模様、ステンドグラスやタイルの幾何学模様はアール・デコ。どれもが瀟洒で、思わず目を奪われる。

壁や床にはきれいな色タイルが。

それはいいのだけれど、反面、“余計な要素を究極まで削り取る”ことを目指したジャコメッティの世界に集中しにくい。アトリエがあったアレジアの家が「ジャコメッ亭」なら、剥製の標本のようにガラスケースに納められたアトリエのあるこの家は、「ジャコメッ邸」。どうも違和感が残ってしまったのです。(稲)


Institut Giacometti

Adresse : 5 rue Victor Schœlcher 14e., 75014 Paris , France
アクセス : M°Raspail / Denfert-Rochereau
URL : www.fondation-giacometti.fr
彫刻約350点、絵画90点、デッサン2000点、それに写真や資料などジャコメッティの遺産を所蔵。 火〜日 10h-18h (月曜休館) 。8.5/12〜18歳・学生5€。 ネット予約が原則、余裕がある時は直接入館可(カード払いのみ) "Histoire de corps - Le nu dans l'oeuvre d’Alberto Giacometti 身体-ジャコメッティの作品における裸"展開催。 6月22日~11月6日

 

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