よむたび。〈29〉ヨーロッパ〜アフリカ〜カリブ海

『カナキー :アルフォンス・ディアヌの
足跡を辿って(仮題)』

KANAKY:Sur les traces d’Alphonse Dianou
ジョゼフ・アンドラス著
Actes sud刊 2018年

ニューカレドニア、独立か否か。

 10月4日は仏領ニューカレドニアの人々にとってとりわけ重要な日だった。この日、フランスからの独立の是非を決める住民投票が行われたのだ。1998年に締結されたヌメア協定は、2018年から2年ごとに住民投票を行い、独立拒否の結果が出た場合にはそれが計3回まで延長されることを定めたが、初回の結果は否。そのため今年2度目の投票が行われたが、結果は変わらなかった。前回と比べ両者の比率には若干の違いが認められたものの、フランスに属し続けることを求める人々の声は、その反対の声を上回った(18年:独立反対=56.7%、20年=53.26%)。
こうした状況に至った背景は複雑だが、その重要な契機となった一つの事件は1988年4月にまで遡る。仏大統領選挙が間近に迫ったこの日、ニューカレドニア内の島ウベアで、独立を求めるカナック族の人々による憲兵隊舎襲撃事件が起きた。彼らは憲兵たちを誘拐し、島北部の洞窟に逃れそこから仏政府との交渉を試みた。しかし洞窟への軍事介入という悲劇的な結末に終わったこの出来事は、憲兵とカナック族両方ともに死者をもたらした。このカナックの19人の死者たちのうちには、この本が語る人物、すなわち独立運動のカリスマ的指導者として知られたアルフォンス・ディアヌも含まれていた。当時28歳だった。

アルフォンス・ディアヌとは何者か?

 最初はこの本を単なる歴史小説だと思って手に取ったのだが、読み始めてすぐにその類のものではないことがわかった。これは著者ジョゼフ・アンドラスが様々な歴史資料だけでなく、アルフォンスの近親者や当時の関係者たちと地道に行った対話をもとに作りあげた歴史的真実の探究の成果なのだ。黒澤明の映画『羅生門』のように、描かれるのは唯一の真実というよりも、様々な視点からもたらされる複数のアルフォンス像だ。
 実際、フランスにとって「テロリスト」であった彼は、カナックの人々にとっては「英雄」に他ならない。本当の彼は一体、何者だったのか?インドのガンジーを敬愛し、非暴力主義を標榜し、ボブ・マーリーを愛しギターを弾くミュージシャンであり、そして熱心なキリスト教徒であった彼が、なぜ神学者としての道から逸れ活動家としての悲劇的な末路を迎えるに至ったのか?彼を知れば知るほどせり上がってくるこの問いが、著者の熱心な探究を突き動かしているものだ。

曖昧なままの事実。

 実はこの問いは、未解決なままである一つの論争と関わっている。アルフォンスは洞窟で起きた憲兵の死に責任があるのか、より正確には、彼自身は射撃したかどうか、という問題だ。この点について歴史資料の言及は一致しておらず、現在まで不明確なままなのである。著者と対話する、彼と近しかった人々は口を揃えてこう言う、彼がそんなことをするはずはない、暴力からは遠いところにいる人物だと。最も貴重な証言の一つは、当時カナックの人々と交渉にあたった特殊部隊GIGN(国家憲兵隊治安介入部隊)の責任者フィリップ・ルゴルジュ(映画『裏切りの戦場 葬られた誓い』でマチュー・カソヴィッツが演じた人物)のものだろう。アルフォンスは撃ったかという問いに彼ははっきりと否と述べ、本当の殺害者である彼の兄弟の一人をかばったのだとしている。いずれにせよ、複数の証言や本人が書き残したものから想像されるアルフォンスは、野蛮な「テロリスト」とはほど遠く、接した人すべてから敬愛される、知的で繊細な人物だ。
 ニューカレドニア。フランス政府が軍事介入した88年のあの日、カナックの人々は紛れもなくフランス人でありながら、決してフランス人ではなかった。この矛盾こそが植民地主義なのだ。2022年、3度目の国民投票の時、この矛盾は生々しい形で、再び私たちの前に現れるだろう。(須)

© Rezvan S

ジョゼフ・アンドラス
1984年生まれ。2016年、初の小説作品がゴンクール初作品賞に選ばれるも、受賞を拒否。無名の作家としては異例の挙動として話題に。


 

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