『 マジック・バブ・エル=ウェド(仮題) 』
Magic Bab el-Oued
サブリナ・カッサ著
Editions Emmanuelle Collas刊
家族の秘密。
ヒロインのアニッサはアルジェリアから移住してきた両親のもとにパリで育った大学院生。指導教授の勧めでシバニ(戦後マグレブからフランスに渡った移民労働者)について研究しているが、その成果はなかなか評価されない。そんな彼女が、ある偶然から、父がアルキ(アルジェリア戦争で仏軍側についたアルジェリア人兵士)であったことを知る。いままで誰も語らなかった、隠された家族の秘密。彼女は家族の歴史、すなわち自分がどこから来たのかを知るために、アルジェリアの首都アルジェに住む叔父のもとへと旅立つことを決意する。しかしアルジェリアの人々にとってアルキとは、言うなれば裏切り者だ。彼女を待ち受けていたのは、家族の一員に向けられたものとは思えないような、暖かい歓迎とはほど遠いものだった。
招かれざる客と望まれざる存在。
しかし、そんな家族の中で彼女に親切に接してくれる人がいた。それが従兄弟のシェムだ。黒い肌を持ち、アメリカの前大統領バラク・オバマに瓜二つという(しかも本人に自覚なし、そのためにあるアメリカ人に利用されかける)どこか滑稽ささえ感じさせるキャラクターだが、彼の肌の色には理由があった。彼はアルジェリア戦争の際に、とあるセネガル狙撃兵に暴行を受けた女性から生まれた子供だったのだ。アルジェリアにもひどい黒人差別がある。ただでさえ生き辛い彼の人生は、これらの事情によって、いよいよ過酷なものとなる。シェムは自分を目立たないように、まるでそこにいないかのようにさえしようと努めた。なぜなら彼の存在そのものが、母親に忌まわしい過去を思い出させるからだ。
こうして見ると、アニッサとシェムは、まるで割れた鏡の片割れのように、互いに対照的でありながらもどこか通じ合う部分がある。フランス社会に溶け込もうともがきながらも移民というレッテルから逃れられないアニッサ。アルジェリア社会のなかで異質なものとして留まり続けるシェム。そのどちらもが、周囲の人々に忘れたい過去を想起させるのだ。一方は裏切り、そして他方はレイプという過去を…。
一つの起源ではなく、多様性のある未来へ。
年長者たちにとっては語りたくない過去でも、若い二人にとっては、今を生きるために向き合うことで自分を形づくる重要な一部である。ゆえにこの物語は、自身のアイデンティティを追い求める旅路でもあるわけだ。ただし、最終的に還るべき安住の場などは用意されていない。作者はあるインタビューでこう答えている。「起源の探求というのは、私にとって一つの罠ですが、互いにぶつかり合う複数の物語を紡がねばならない私のような者にとっては、避けられない通過点でもあります。でも起源なんてないのです!あるのは、様々な停泊地、通過点、交差点や出発点です。〔…〕現在の袋小路を避け、未来への通り道を開くために、複数の特異な歴史のなかに回帰して、フランスに対する私たちの繋がりの多様性を示さなくてはなりません」。アイデンティティを単一のものとせず、その複雑さをそのままに表現すること、それは作家にとってこの国の未来を示す一つの方法なのである。
そういえば最近、政府が押し進めている教育改革法案(教育大臣の名にちなんで「ブランケール法」と呼ばれる)が多くの教師たちに反対されているが、その中に、学校の教室内にフランス国旗と国歌の歌詞の掲示を義務づける条項があるらしい。フランス的アイデンティティを一つのものとしか見られない一部の政治家らしい発想だが、そんな彼らにこそ、こうした本を読んでもらいたいものである。(須)
[著者]
サブリナ・カッサ
1971年グルノーブル生まれ。ジャーナリストとして2006年に8人のアルジェリア人男女の人生を辿った『我らが先人、シバニ』を出版。小説は今作が初となる。