フロラン・ゴルジュさん
ショートショートと呼ばれるSFの短編を1000篇以上著して日本文学の中で特異な位置を占める星新一は、フランスでは知られていなかったが、代表作『ボッコちゃん』の仏訳が今月、出版されることとなった。
翻訳者のフロラン・ゴルジュさんは、17歳の時、愛知県でホームステイし、地元の高校に通っていた。「僕にも読める日本語の本はありませんか?」と聞かれたホストファーザーが本棚から出してきてくれたのが、星新一の短編集『ボッコちゃん』だった。「残念なことに今年亡くなったのだけれど、とてもよく知られている作家なんだ。大人にも子供にも読まれている。どうしてそんなに人気があるか、君もすぐに分かるさ。短い話ばかりだし、分かりやすい文章だから、日本語を勉強している君にぴったりだと思うよ。でもね、星新一の作品が、たくさんの人を魅了している理由は、また別のところにあるんだ。それは、君が自分で発見することだ、この作家の魔法をね」。
辞書を引き引き一話目を読み始めたが、物語の終わりのほうまで読み進んでも、どこが面白いのかさっぱりわからなかった。日本語の理解力が足りないせいだと思っていたが、最後の部分であっと驚いた。そして星新一の魔法の虜になった。
ディジョン出身のゴルジュさんは、5歳の時、庭仕事をしている母親に突然、「ママン、どうして日本庭園にしないの?」と聞いた。両親はどうして日本庭園なのか首をかしげた。周りに日本に興味を持つ大人はいない。小さい時は、テレビが日本への憧れを満たしてくれた。アニメよりも、戦隊モノが好きだった。「生身の日本人や実際の日本の風景が映っていましたから」。
中学生になると、学校では日本語を学ぶことができなかったので、市販の語学習得メソッドで独習を始めた。学校が休みになると、両親が働いているホテルのレセプションでアルバイトをして、日本人の宿泊客と話を交わす機会を持てた。たいしたことは話せなかったけれど、親切に相手をしてくれる人が多く楽しかった。
パリで進学した体育系高校でも日本語を学ぶクラスはなかったが、学校に相談して、教育省の通信教育プログラムで第三外国語として勉強する許可を得た。
バスケットボール選手になる夢を断念したゴルジュさんは、留学支援協会AFSの高等学校留学プログラムを利用し、憧れの日本に旅立つ。公立高校の2年生としての一年間を目一杯楽しんだ。フランスに戻って、国立東洋言語文化学院INALCOで、日本語を学び、卒業してからも、群馬県と新潟県で合計7年半、日本滞在を続けた。 現在はパリ郊外で、出版社「Omaké Books」を経営している。その間ずーっと、星新一を読み続け、自分の楽しみのためにフランス語に翻訳していた。最初の翻訳を兄に読ませたところ、途中で落ちが分かったと言われて、がっかり。注意深く翻訳し直し、友人に読んでもらい、ゴルジュさんが初めて読んだ時のように、びっくり感激してくれた。「星氏の作品は、軽い感じだけれど、実は細心の注意を払って書かれているのです。翻訳に当たってもその点を強く意識しました」。
ゴルジュさんは、日本人が未来を信じて明るかった昭和が大好き。それをスマートに体現しているのが星新一。からりとした文体で、環境問題、AI(人口知能)など、21世紀の課題を予見している。
「せっかく出版社を経営しているのだから、自分の好きな作家を扱わなくちゃ」と、出版を決めたゴルジュさん。「フランス人だけではなく、星新一の世界を知らないフランス在住の若い日本人にも読んでもらいたいです、フランス語でも、日本語でも」。(正)
◎『ボッコちゃん』朗読会(日仏語)
1月25日(土) 15h30−17h
フロラン・ゴルジュさんとミズキ・ゴルジュさんによる、星新一と『ボッコちゃん』のプレゼンテーションと朗読会(どちらも日仏語)。書店での発売は1月30日ですが、この日はエスパス・ジャポンで一足早いお披露目です。入場無料。
Espace Japon
Adresse : 12 rue de Nancy, 75010 ParisTEL : 01 4700.7747
アクセス : M°Jacques Bonsergent / Gare de l’Est
URL : https://www.espacejapon.com/