標準語もままならない時期に、フランス料理の世界へ。
Masaさんは、新潟の高校を卒業してから、東京の料理専門学校でフランス料理を1年間勉強した。そこで、学校に講師として年に2回来ていたピエールさんと出会う。ピエールさんといえば《創業1973年、日本で初めてフランス人が開いたフランス家庭料理の店》という枕詞がつく有名店 「Chez Pierre」 のオーナーシェフだ。 「ぼくは田舎出身なんで、フランス人に接するのも初めてだったし、フランス料理も食べたことがなかったんです。一回目のピエールさんの講義のときに「店で働きたい」と言ったら、じゃぁ、一回来れば、ということになって雇われました。東京の生活にもまだ慣れていない頃に、突然フレンチの世界。標準語もまだよく喋られないのに、フランス語。つたない英語でサービスも2年間やりました」。
ジビエもあれば、ブーダンのようなビストロ定番料理もやっている、ヨーロッパ人たちが『あの味がないと淋しい』と食べに来てくれる人が多い店。「当時は90年代。まだバブルで、海外の証券会社とか銀行マン、パイロットとかたくさん東京にいたから、そんなお客さんたちが多かった」小さなヨーロッパのような家庭的な料理店で、ピエールさんと中島シェフのもとで4年間働く。(そのピエールさんは今年で70歳を迎えたのを機に、多くのファンに惜しまれながら「Chez Pierre」を閉店した。)
フランスへ。
「ピエールさんの影響もあって、フランスに行きたいと思って、東京から、仕事をしたいレストランに手紙やファックスをどんどん送りました。そういう時代でした。そうしたら「 La Régalade」のカンドボルドさんから返事がきて、初めてフランスに行くことになりました」。パリでは当時、イヴ・カンドボルド、ティエリー・ブルトン、ロドルフ・パカン、ティエリー・フォシャー、エリック・フレションのようなシェフたちが、温かみのある家庭的な雰囲気の店で、上質の素材を使った料理を出して料理界を盛り上げていた。後からジャーナリストが「ビストロノミー」と名付けた料理だ。
「ヤマウズラ、ノロ(鹿の一種)の赤ワイン煮とか、アカライチョウ、仔牛の胸腺とか、今なお残るフランスの食文化。レガラードにいた頃は、昼から食前酒で初めてそういうのをガツっと食べるひとたちが、今の10倍、いや100倍くらいいた。今、食文化が変わっているじゃないですか。会社もビジネスの食事にそれほどお金を出さなくなって、ピカールの冷凍食品、サンドイッチとかで済ませるひとも多い。食前酒からフルコース、っていうのも少なくなっていますよね」。 当時、カンドボルドさんは朝から晩まで走り回り、厨房にはフランスじゅうから最高の素材が山ほど届いていた。今までそれぞれのシェフに、それなりの勉強をさせてもらったが、ピエールさんと、カンドボルドさんには、料理人としての方向性をつけられた。
スペイン、ポルトガル。
スペインのガストロノミーが脚光を浴びるようになった頃、スペインへ行くことにした。「パリを出てみたくて。フランスの地方に行くような気持ちで、ちょっと国境を越えて。転がり込んでみたら、料理も人柄も、風土も気に入ってしまって。スペイン語もゼロからはじめて」 スペイン・バスク地方はサン・セバスチャン。スペイン美食の旗手のようなマルティン・ベラサテギのもとで働いた。その後、バルセロナのジョルディ・ヴィラの店「Alkimia」で2年間。
そうこうしているうちに、イタリア人で同じ歳の同僚が、ポルトガルで店をやるにあたって、シェフとして迎えたいと言ってくれた。 「あのころは、機会があればどこへでも行きたいと思ってました。パスタやリゾットなどを中心にイタリア料理をサルデーニャ島で半年学んでから、ポルトガルで5年間。今はもうないのですが、人生で初めて見たような店。これが大成功。ところが成功しすぎて、彼が疲れてしまい、違う生活がしたくなり、閉店しました。チームも大きいし、日々同じことの繰り返しになって。30歳ちょいで若かったし、次のステップに行こうということで、彼は職業を変えました」。
そこでまたフランスに帰る。「ル・トロケ」のクリスチアン・エチェベストがセコンドを探していたからだ。そしてまたスペイン。3年間。ジョルディさんが監修する、バルセロナのレストラン、ブラッスリーで3年間シェフを務める。
「店ではカタルーニャ地方料理をやっていましたが、あ、こんなのがまだあるんだ、と目覚めました。その経験は、今と切っても切り離せない経験です。スペインの風味が自分にくっついてしまっている。そこが多分、今の「シェ・ミシェル」が普通のビストロと違うところかもしれません。カンドボルドさんは南東地方出身、「シェ・ミシェル」先代のブルトンさんはブルターニュ。ぼくの地方性があるとしたら、やっぱりイベリア半島。カンドボルドさんたちがやっているダイナミックな料理に、スペインとポルトガルの風味がついてくる。自分の好きな味なんで、自然と出てくる。冬はジビエの季節なので、フランス風味。ジビエの季節が終わってから夏までは、そういうイベリア風味がいっぱいになります」。
Chez Michel
Adresse : 10 rue de Belzunce, 75010 ParisTEL : 01.4453.0620
URL : www.restaurantchezmichel.fr/
土日休