おかみさん: 私たちの料理を美味しいと思わない人が増えてきた。
呉屋さん :僕の料理を美味しいと今思う人は、フランス全体で10%もいないでしょう。
おかみさん: 数年前にインターネット上で「〇〇レストランはよかった、食事をした後にまだお腹が空いていたから」とフランス語で書いてあったのを見たときに「わー!」と思ったんですね。レストランというのは、来る人のお腹をいっぱいにしてはいけないんだ、と目からウロコが落ちた、というか。ですからうちのレストランにみえる方にお話を聞くと、どこそこのレストランに行ったけれど、結局その後お腹が空いた、というような人が若い方でも多いです。
呉屋:まあ、寂しいし残念だと思います。バカンスの時に偉大なシェフと言われている人たちがテレビ、Top Chefなんかに出演して料理を教えているのを見ると「ダメだな、先が見えているな」と思います。だってああいうことをやってしまうと人は育たない。もちろん国のやり方というのもあると思います。例えばテリーヌね、あれは今の若い人たちは作らないし作れない。なぜかというともう教えないし、おまけに衛生管理を行政から問われて「レシピとものをもってこい、ラボで何日間もつかを検査する」って言われてしまうと誰も作りたいと思わなくなるじゃないですか。フォワグラにしたって、ちょうど作って1週間したら美味しくなるものなのに、チーズだって衛生の問題から冷蔵庫に入れてすぐお客さんに出せ、って言われればモチベーションは下がりますよね。だから検査にきた人に「あなたの家ではそこまで冷蔵庫に色々なものを入れていますか?」と聞くと「もちろんしていません。」と返ってくる。矛盾しているんですよ。けれども店ではチーズが出せなくなる。チーズの国フランスで美味しいものを食べさせられないんなら、店でチーズは出さない、そのほうがいいじゃないですか。
Q:もちろんです。
呉屋:なんか国が食、フランスのいい食材をダメにしている気がします。でもね、今の風潮に乗らなければ、30代、40代の人が来なかったらやっていけないです。
おかみさん: 一番お金を使える世代です。
Q:独身貴族。
呉屋:そうそう。彼らを見ると、飲むことにはお金を使うけれど大したものは食べていない。
おかみさん: 止まり木みたいなところで集まって、一皿つまみを取って、気楽な感じです。うちなんて全員が集まらないと食事が始まらない。そういうことも嫌、というか重荷かもしれない。
呉屋:そう、人数が集まらなくてもとりあえず始めちゃおう、というそういう感覚だと思いますね。レストランは嫌、うちみたいに白いクロスが敷いてあると入ってきて「前菜だけ」と言いづらいじゃないですか。
Q:じゃあ赤白チェックのヴィシークロスにすれば?
呉屋:ふんどし?(笑、テーブルに渡すようにかけてある布のこと)あれは、僕はやりたくない。何もないほうがいい。
Q:だから、チェックのビストロ風のものは?
呉屋:いや、まだそのほうがいい。レストランじゃなくてビストロでいい。うちなんてそもそも値段的にはビストロなんだから。とにかく、フランス料理は変わりました。
Q:26年の間に色々変化を見てこられたわけですね。
呉屋:いやあ、感じましたね(笑)。ただね、今の若い人たちが作っている料理は僕にはできないです。買ってきた花を皿に乗せて「可愛い、綺麗!」。おちょくるなよ、と思うでしょう。
呉屋:あれを見て「ダメだな」と思いました。うちらは皿を見て「よく仕事しているな」と思って食べて「うまいな」と思います。煮込みにしても、最近何処かで食べた牛の頰肉は硬くて食えるもんじゃなかった。煮込みはできない、テリーヌもできない、フォワグラなんて買ってきたものを出す。
おかみさん: 買ってきたものの方がまだ美味しかったりして。
呉屋:まあそういう感じですよ、今は。
おかみさん: でも、レストランに何が求められているか、ということが昔と今では変わってきたんだと思います。
Q:そこまで、昔と同じ質を最近の消費者は求めていないのかもしれない。悲しいかな。
呉屋:そういうことです。
おかみさん: 需要と供給の関係だから、必要とされれば需要は増えるし、されなければなくなっていく。お年寄りの常連さんの中には「シェフ、早く引退してうちに手伝いにきてくださいよ」って。
Q:どこに?
呉屋:どこかのシャトーにね。
Q:いいじゃないですか。
呉屋:やらないね、私は引退したらもうしない。
おかみさん: お客さんが「早く引退しないかな」って待っている。
Q:ご自分の店を開く前、日本でお店を、ということは考えなかったんですか?
呉屋:一度日本に帰って昔のオーナーと話をしたんですけどね、互いに求めているものが違ったのでやめたんです。
Q:求めているものが違ったというのは?
呉屋:あちらはファストフード的なものだったので、だからやめました。それでこちらに戻ってきて、知り合いと一緒に店を開きました。
Q:やっぱりフランス、というのは本場だから?
呉屋:自分はほぼ100%フランス人シェフから教わったし、習って自分の基本にあるのはアルザス料理だ、それを日本人である自分の感覚と組み合わせてみたい、と前から思ったんですね。試してみたい、と。どこまでフランス人がそれを受け入れてくれるかを。そうしたら結構受け入れてくれたんです。昔はホタテの生なんて誰も食わなかった、それをカルパッチョでやったら、ねえ(とおかみさん:に)。もう、本当に信じられないぐらい食べてくれて。
おかみさん: 食に対する意識は、フランス人の中で完全に変わりましたね。はじめは鮭でも燻製しか召し上らなくて、それが鮭のマリネに変わって、鯛などの白身、それから青魚へと。
呉屋:〆さば大好きですよ。アジも鯖も、それからイワシなんて大好きですよ。
Q:たたきですか?骨を抜くの大変ですよね。
呉屋:そう、骨抜きが大変なのでなるべくイワシはやらないで、アジはたたきにしちゃいます。それからマグロね。まあ寿司が入ってきたから好きになった、ということもあります。
Q:フランス人は、80年代の終わりはワカメを見たら「食べない」って言いました。「何、これ。」って。魚屋で魚を並べる時に敷く海藻と混同して「海藻なんて食べれらない」と言われたことを覚えています。そういう先入観がフランス人の中でどんどんなくなったということでしょう。
呉屋:あの時代に日本料理を食べていたフランス人は、結構地位の高い、余裕のある人たちでした。だって日本料理は高かったから。今みたいに誰でもが食べられるということではなかったです。うちでもこうして和食が定着した後、クリスマスに牡蠣の下に魚屋が使う海藻を敷いて出したことがあったんです。そうしたらフランス人食べちゃうんですよ(笑)。「いや、安定を良くするために置いているだけなので食べられません」とその時には言いましたけれど、結局お皿に盛ってあるものというのは、普通は全て食べられるものですよね。フランス人も変わりました。日本人とフランス人の似ているところというのは、なんでも食べることでしょう。
Q:確かに、食に対する好奇心が旺盛ですね、フランス人も日本人も。
呉屋:そうです。それは似ています。だからああいう生ものも結構食べる。
Q:さっき隣にいらしたカップルは「煎茶はありますか?」って聞いていましたよね。 日本通、知っている人は知っているんだな、と思いました。そういう場面がどんどん増えているような気がします。
呉屋:書けなくても、今の若い人も結構日本語を喋りますよ。漫画のおかげだと思いますけどね。だってあのラーメン人気を見ていてもわかるじゃないですか。日曜日にSainte-Anne通りあたりを歩くとすごいですよ。みんな並んでいます。最近みんな箸づかいが上手くなったし。
Q:そう、昔はラーメンをフォークで食べている人がいました。
呉屋:今はラーメン、丼を慣れたもんで綺麗に平らげていますよ。でもこれはね、やっぱり経済的な理由でもあるんです。だってカフェでお昼にPoulet rôti(鶏肉のロースト)とビール1杯にコーヒーを飲んだら20ユーロぐらいかかる。(会社から配られる)昼の食券では食べられないし、お腹もいっぱいにならない。逆にラーメンセットで、餃子と丼を食べると腹一杯になってしかも安い。だからあれが若い人が行く理由です。
Q:呉屋さんがフランスに初めていらした時、本場のフランス料理を食べて感動しましたか?
呉屋:パリに来て初めてSteak-frites(牛のステーキ、ポテトフライ添え)を食べた時、確かサン=ラザール駅の近くのカフェでしたけれど、硬くて、硬くて、肉がね(笑)。これがステーキか!と思ったもん。草履みたいにデカイやつ。
Q:するとこちらに来て感動したフランス料理というのはなかった?「やっぱり本場だなあ」というような。
呉屋:いや、ありますよ。シャンパーニュのシャトーで。厨房に大きな石炭ストーブがあって、窓には猟銃が置かれている。みんな仕事をしているのになぜ猟銃が?と思っていた。そうしたら急にシェフが窓を開けて、目の前の芝生を走る野うさぎを「バーン!」と撃ってね、見習いが取りに行った。それを俺に掃除させて、ワインに漬け込んで、しめしめ、賄いで食べるんだ、と思っていたらシェフが「メルシー!」と言って家に持って帰りやがった(笑)。フランス料理はそこで、まあ料理というか食材が美味しいと思いました。腹いっぱい食べました。トリュフなんて、30から40kgのジャガイモの袋で10個ぐらいペリゴールから届くんです。冷蔵室がうちの店ぐらい広いんですが、入った瞬間に頭が痛くなるぐらいの香りを放っている。だから出入りするたびに毎回ポケット一杯に入れてね、持って帰ってました(笑)。それでパリに来る時にもみんなにあげたり一緒に食べたりしましたね。
Q:でもトリュフって談合して値段を決めるんじゃないんですか?
呉屋:いや、僕が行った70年代の終わりには、トリュフはまだ安くて、見習いが掃除をしたものが冷蔵室にいくらでもあるんですよ。とにかくあの頃はお金がなかった。賃金が1100フランですからね、自分でお金を出して食べにいけません。しかも田舎でしょう。アルザスにいた時も標高500mから村に下りて行っても、タバコ屋が1軒しかないんです。そこが唯一のカフェで、タバコを買ってまた500m上まで戻る、という生活です。するとお金は使わない、使う場所がない。映画1本観るのも50km離れたミュルーズまで出て行かなきゃならない。休みの日は車に乗ってみんなで行って、映画1本観てからまた戻ってくる。だから僕が今でも覚えているのは、ブルゴーニュにある三つ星の店Lameloise(Chagny-en-Bourgone)にみんなで食べに行ったこと、あの時は本当に美味しかった。
Q:何を食べたか覚えています?
呉屋:まあデギュスタシオンだけれど、魚が美味しかった、Saint-Pierre(マトウダイ)にトマトのクーリでした。僕はこの店でも2ヶ月ぐらい研修をしたんです。トマト、ワインも美味しくて、あの時のトマトのクーリがあんまり美味しかったので、教えてもらいました。今でも作っています。あとはそんなにお金がないので、貧乏でしたし。食べには行きましたけれど、一度行くと給料が飛んでしまう。
Q:あの頃は1フランがどのぐらい?
呉屋:60円ぐらいだったかな。日本から持ち込める金額にも上限があった時代です。 そういえば、僕がシャトーにいた時にね、キャビアをねガバー、っと食ったんですよ。一番高級なやつを大晦日にね。キャビア、トリュフなんかを出す1000フランのメニューを作って、その時に僕はキャビアをガバー、って食べたらシェフが「誰だ、これを食ったのは!」(笑)
Q:「給料から差っ引くぞ!」って?
呉屋:いや、それはありませんでしたけどね。シャンパンも浴びるように飲んでシェフに見つかって「お前ねえ」と。だけど、給料が安くてもたくさん仕事をしていたし、パリから近いから日本人のお客さんも来ていた。だから「まあいいや」とシャンパンを飲ませてくれました。
Q:フランスで一番好きな食材は何ですか?例えば野菜なら?
呉屋:アーティチョーク、好きですね、僕はあのブルターニュのがね。イタリアとかスペインものではなく。
Q:じゃあPoivradeみたいな小さいのじゃなくて、大きな。
呉屋:そう、あれを生でね、ちぎって食べるの。
Q:生ですか?
呉屋:そう、うまいですよ。バターと粗塩で。最後芯が残るでしょう、毛をむしって生で。もちろん茹でても美味しいですけどね。僕は好きです。
Q:あとはアスパラの白。今日いただいたの、美味しかったです。
呉屋:白アスパラね、フランス南西の。うまいでしょう。
Q:野菜だとアーティチョーク、果物なら?
呉屋:ミラベル(夏の終わりから市場に出るスモモ系の果物)ですね。アルザス、ロレーヌのね。あれは本当に美味いです。酒も美味しいけれど。
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