渡部:いや、最初の頃は正直言って思っていませんでした。僕が入った頃は3店舗だけでしたからね。ただ、あれよあれよと増えて。もちろん閉めた店もありますけれど、毎年1店舗はオープンしている感じです。オープニングはいつも大変です。人を育てなくちゃならない。ひと段落したと思ったら次のオープニングが待っていて、既存店からスタッフが新しい店に借り出される。すると不満不平も出てきます。ただ大きな目でみれば、結局自分たちの店、会社が大きくなるのはいいことですよね。
Q:次のお店、バティニョールはすでに場所が決まっているんですか?
渡部:物件は押さえているみたいです。
Q:オデオン店は開店までに時間がかかりましたよね?
渡部:場所が場所だけに。
Q:そう、社長に聞いたら、あの立地条件は羨望の的だったとか。
渡部:エルメさんとか他のシェフたちもあそこが欲しくて、コンペの結果あそこの場所が決まったということらしいです。あそこは前薬局だったじゃないですか。だから一から工事しなければならなかったんです。おまけに建物の住人や隣人たちからのプレッシャーも結構あって、結局2年ぐらいかかりました。
Q:Breizh Caféって紙が貼られてから前を通るたびに「いつ開くのかな」と私も首を長くして待っていました。
渡部:僕もオデオンのオープニングのタイミングでこちらに呼ばれたはずなのに、1年待たされました。そこでサン=マロ店とマレの店に行って働いたのが、逆に良かったと思っています。日本から来てすぐのオープンだともっと大変だったでしょうね。僕はフランスでそれまで作った経験がないですから。蕎麦粉も違いますしね。
Q:何が違う?
渡部:もう、粉自体が。うちはブルターニュ産のオーガニックなものを使っていますけれど、日本では日本のそば粉を使う。だから全くの別物です。もちろん寝かせるというような基本的な技術は一緒なんですけれど。伸ばしている感じとか、生地の状態とかが全然違います。
Q:でも同じ仕上がりにしなきゃならないんですよね?
渡部:一応基本のものに近くはなりますが、全く同じにはならない。
Q:でも実際にはこちらの蕎麦粉がガレットに合う蕎麦粉ですよね?
渡部:そうです。だからこちらの方が突き詰めると美味しいはずです。香りにしても、いい状態を引き出せばこちらの方がいい。日本の粉はこちらのものには敵わないと思います。
Q:でも逆にこちらの粉でお蕎麦を打ったとしても、果たして日本のものに近づけるか、ということでもありますよね。
渡部:あー、そうですね。でも、日本のガレットの方がフランスで食べたものよりも美味しい、とおっしゃる方はたくさんいます。
Q:なぜ日本人がブルターニュ人のようにガレットを焼かなかったのか、お好み焼きのように焼かなかった、ということはやっぱり日本の粉はお蕎麦に合うということなんでしょうね。
渡部:そういうことでしょうね。
Q:アルザスなんかでは生パスタを作っているでしょう。ブルターニュ人がそば粉でそれをしなかった、ということはやっぱりガレットに向いている。
渡部:でもそういう知識を持っていなかっただけかもしれないですよね。日本では蕎麦粉からガレットができるということが何百年の間知られていなかった。フランスでは逆に蕎麦にできることが知られていなかった。それが今、なんか始まっているじゃないですか。
Q:そうですね、なんだか互いに歩み寄っている感じですよね。
渡部:逆にフランスで蕎麦を打っているフランスの方がすごい蕎麦を作る可能性だってありますからね。それが面白いですよ。僕はそういうことにすごく興味があります。
Q:確かにあんまり固定観念にとらわれない方がいい。
渡部:そうです。柔軟に行った方がいい。これはこうだ!と決めつけると、たぶんそこで止まっちゃいます。いつも焼かないスタッフがガレットを焼いた時に「これ、いいなあ」と思う時もあります。だからいつも謙虚でいなきゃならない、ということですか。自分はシェフと言われていますが、シェフが決めたからといってその全てが良いかというとそうじゃないかもしれない。悪い場合だってあるでしょう。妥協をするのではなく、常に視野を広げておきたいです。
Q:そろそろみなさんにしている質問をさせてください。渡部さんにとってお料理ってなんですか?
渡部:料理… 僕らはもちろん生きていくために食べていますからね。もちろん僕にはなくてはならないものなんですよ。頭の中は24時間料理ですから。食べることももちろん大好きですし、結構ありきたりな言葉しか出てこないですね(笑)。
Q:家業が料理ということは、お料理から生まれてらしたようなものでしょう。ご兄弟は?
渡部:妹が3人います。
Qそ:れでお料理へ進んだのはお一人だけ?
渡部:です。料理はそうですね、やっぱり…もちろん父親から影響は受けました。
Q:料理をしていなかったら何をしていたでしょうね?
渡部:全く想像がつかないです。やっぱり人に喜んでもらうのが好きですよね。
Q:ところで独り立ちを考えたことは?
渡部:それをずーっと目標に。若い頃は30歳でお店をやろうと思っていました。今40でしょう、次は50かな、と。まあ50ぐらいでできれば。
Q:それはこっちで?
渡部:そうですね。海外の方が興味ありますね。ニューヨークなのか、パリなのか、ロンドンなのかアフリカなのか、わかりませんね。今の頭の中では、日本じゃないですね。海外でやってみたい。
Q:熊本には帰りたくない?
渡部:帰りたいですけれど、やっぱり本業をやめてからかな。友達がたくさんいるので、帰るとみんなが集まってくれるんですよ。それが楽しくて、だからみんなが集まれる場所を作りたいです。
Q:じゃあ飲み屋さんでいいじゃないですか?
渡部:いや、本当ですよ。本当に居酒屋、というか飲み屋でいいです。飲みながら、つまみながらそういう楽しい場所を作りたいですね。僕は基本的に食べるのが好きなんですよ。
Q:そういえば、朝ごはんをお店で出している、とか。
渡部:そうです、Petit-déjeuner(モーニングセット)を出しています。
Q:それはパンの代わりにガレットを出す?
渡部:ベーコンエッグのガレット版みたいな感じです、わかりやすく言うと。
Q:ガレットには甘いものは合わない?ジャムとか蜂蜜とか?
渡部:いえ、合いますよ。ジャムでもキャラメルソースでも。
Q:そういうのもいいんじゃないですか?まあ蕎麦粉のクロワッサンは難しそうだけれど。
渡部:やろうと思えばできますよ(笑)。形だけクロワッサン。
Q:結局小麦粉と同じく粉ですものね。
渡部:ここはまだ始まったばかりなので、これから色々と。ブルターニュの店にはパティシエがいるので、蕎麦粉のケーキなど、色々と開発しています。
Q:可能性が広がりますね。パリに来てから食べ歩いていますか?
渡部:行きたい店はいっぱいあるんですけれど、あんまりしていません。なかなか動かない。あまり積極的じゃないのかな。
Q:手島さんをはじめとして、熊本県人のお店には行ってくださいよ。
渡部:ええ、是非是非。
Q:少なくてもあと10年はここ、ですかね。
渡部:外国にはいると思います。
Q:暖簾分けしてもらって別の場所で、とか?
渡部:でも僕は長年ベルトランと一緒にやっているじゃないですか。だからこそ別の店をやってみたいです。ベルトランとやっているとどうしてもベルトラン、なんですよね。自分はベルトランがいるから今いけているのかもしれない、とか考えますよ。逆に、ベルトランに本当に恩返しをするのならば、辞めて自分の店を成功させることですよね。実は、そういう人がまだいないんですよ。会社を辞めて、独立して成功している人がいない。自分はまだ雇われの身で、日本で、そしてこうしてフランスでもやらせてもらっている。だから結局ベルトランなんです。ベルトランを超えるためには
Q:そう、超えるとベルトランはかえって喜ぶと思います。
渡部:そうなんです。今まではベルトランがやりたいことをサポートしてきましたが、次は自分がやりたいことをやってみないと自分でもわからないだろうし。
Q:やりたいことというのは、やっぱり自分のお店?
渡部:もちろん自分の店でガレットを出すならばこうしたい、という考えはあるんですよ。今はルールがある中であまりはみ出さないようにやっているので。
Q:ガレット飲み屋?
渡部:いくらでもできますよね。いろんなスタイルでできますよ。駅前のスタンドだってできますし。テイクアウトだってできるし。横浜はそんな感じなんですよ、フードコートの狭いところで、テイクアウトもできるというスタイルです。ここ(バー)みたいな夜のお店もできますしね。
Q:この地下にあるバースペースはちょうどいい大きさですよね。
渡部:でしょう?バリエーションが面白い、いろいろな店舗展開ができるんですよ。
Q:この雰囲気は、日本の昔のスナックみたいですよね(笑)。バーカウンターを見ながら、止まり木を連想していました。でも、良かったんじゃないですか、最初がベルトランで。いろいろなものが見れて、いろいろな経験を積んで、しかもせっかくのパリだし。
渡部:今、可能性を広げようとしているところです。
Q:ところで、今厨房でガレットを焼ける人は何人いるんですか?
渡部:この店には4人です。オデオンから連れてきたスタッフが1人で他の2人もオデオンで研修をしてここに来ています。
Q:普通はこれぐらいの人数で店を回す?
渡部:オデオンにはクレピエ(クレープを焼く料理人)だけで6人います。それから見習いが3人。トータルで14人いますけれど、これぐらいいないと回していけないです。やっぱり年中無休で毎日営業だと、交代で休まなきゃならない。ここだって、全然人が足りていないんです。今はバカンス時期なのでこうして回せていますけれど。ここも最低でクレピエ5人で見習い3人、洗い場3人というのが理想です。だからクレピエの育成もしなければ、と。こっちの人はやっぱりクレープ食べますからね。
Q:クレープ、ガレットはやっぱり日本の蕎麦みたいなものなんですね。
渡部:日本だと蕎麦をつまみにするじゃないですか。
Q:だったら蕎麦がきをお願いします。そうだ、おつまみをいっぱい作ろう!あとはイカ系、蟹系。
渡部:カニはすでにやったんです。
Q:マテ貝は?
渡部:まだですけれど、良さそうですね。
Q:ここでタパス、おつまみで遊べるの、いいですね。
渡部:まだ始まったばかりなんで、今後色々開発して行きたいと思っています。そういえば、料理とは?の答えが出ないです。
Q:まあ答えが出ないぐらい身についてしまっているのかもしれないですね。じゃあ「自分の一部」にしておきましょうか?
渡部:何なんですかね?言葉に表せないです。
Q:じゃあ「言葉にできないぐらい料理と一緒」。キャッチフレーズをいま考えています。
渡部:料理、料理、料理… 日課ですね、たぶんね。だから朝起きて、歯を磨くじゃないですか、顔を洗うじゃないですか、それが料理を作っている感じです。
Q:「料理、料理、料理は日課」ニッカウィスキー。
渡部:〝ニッカウィスキーです。ニッカボッカ。
Q:それではここいらで。
渡部:大丈夫ですか、こんなんで。
Q:十分です。ありがとうございました。
Breizh Café Montorgueil
Adresse : 14 rue des Petits Carreaux, 75002 ParisTEL : 01.4233.9778
アクセス : M° Sentier
無休