フランスに住んでいてビック(BIC)のボールペンを使ったことのない人はまずいないだろう。使い捨てライター・髭剃りもフランス人にはお馴染みだが、ボールペンは子どもからお年寄りまで全フランス人が使っている(使ったことがある)はずだ。ビック全製品を製造する世界27ヵ所の工場のうち7ヵ所は仏国内にあるが、そのうち唯一のボールペン製造工場(日産300万本)をパリ郊外マルヌ・ラ・ヴァレに訪問した。
ディズニーランド・パリに近いこの工場は、同じパリ郊外のクリシー工場(創業時からの工場)とモントルイユ、それにオワーズ県の各工場の機能を統合すべく2000年に新築された28,000 m2の近代的な建物だ。1階には製造設備があり、2階はインク、ペン先などの研究開発部門や、工作機械開発室(ビックは自社でも製造機械を開発している!)が入っている。最近工場長としてブラジルから赴任してきたトニー・ペショトさんが工場を案内してくれた。ブラジル人だが流暢なフランス語をしゃべる人だ。
ボールペンはハンガリー人のビーロー・ラースロー氏が世界で初めて考案し、1938年に英国で特許を取得して「Birome」というブランド名で販売。その特許を有するBiro社から、クリシーで万年筆インクと鉛筆の芯を作っていたマルセル・ビック (Marcel Bich)氏が特許を買収。使い捨ての 「ビック・クリスタル」(軸部分が透明)を1950年に発売し、53年には社名をBICに。ビックグループは世界で年商20億ユーロ、社員17,362人を持つ上場企業だが、今でもビック一族が社長 (ブリューノ・ビック)などの要職に就き、43%の株を有する。使いやすくて安価な製品は160ヵ国に輸出され、ボールペンでは世界一の販売を誇る。
ビックのボールペンの重要なノウハウはボールペンの先端(チップ)と、そこにはめる極小の玉(ボール)、そしてインク(適切な粘り気)だ。それらの製造工程は企業秘密なのでほとんど見学できなかったが、炭化タングステンを原料とする直径0.8〜1.2ミリのボールをダイヤモンドの粉で研磨する工程を見た。玉を丸くなめらかにするのはスムーズな書き心地を確保するための重要な工程。黄銅のワイヤーをプレス機で成形して作るチップもボールをなめらかに回転させるための重要な部品だ。チップ、ボール、そしてインクカートリッジ、軸、キャップなどの製造、組み立て、包装など全工程が機械化され、工程順に効率よく機械が並ぶ。日産各700万個のボールとチップはメキシコ、ブラジルなど外国の自社工場にも一部送られる。
たかがボールペンと思っていたけれど、インク漏れせず、1本で2kmスムーズに書ける製品の製造には、それだけのテクノロジーが込められている。しかも、軽量化による原料節減、工作機械の社内開発など研究開発にも熱心なようだ。ひとつ気になるのは 「使い捨て」ということだが、一部のペンではインクカートリッジの替えが使えるそうだ。ただし、大きな文房具専門店にしかないのだが…。(し)