寄せ木細工は古代から家具、壁、床などに使われ、城や貴族の館でよく見られる伝統工芸だが、木の代わりに麦わらを使う麦わら細工(marqueterie de paille)のほうはあまり知られていない。元々は極東から17世紀に欧州に伝わったとされるが、高級な寄せ木細工に比して「貧乏人の麦わら細工」と呼ばれ、英仏では18世紀末からもっぱら囚人の仕事だった。フランスではアールデコで見直され、その後は1980年代頃になって人気が再来。日本では兵庫県城崎に麦わら細工が18世紀半ばから伝えられている。
アールデコの著名なインテリア作家アンドレ・グルーを祖父に持つリゾン・ド・コーヌさんは、幼少時から麦わら細工に親しんだ。製本・装丁の仕事をしていたが、麦わら細工が忘れられず、18世紀からアールデコ時代の作品の修復の仕事を1978年頃に始め、昔の作品をコピーしながら独学で技術を身につけた。当時、麦わら細工は見向きもされなかったそうだ。20年ほど前からアールデコ調のオリジナル作品を制作するようになり、今では売上の98%を占める。96年に伝統工芸匠(Maître d’art)の称号、2010年レジオンドヌール勲章を受けた、この道40年のリゾンさんのアトリエを訪れた。
パリ6区の通りに面したショールーム横の中庭を入ると1996年に構えたアトリエがあり、色とりどりの竹ひご状の麦わらが並ぶそばで、男性が黙々とテーブルに麦わらを張っていた。材料のライ麦わらはブルゴーニュの農家から乾燥・染色までしたものを仕入れる。背の高い(2m)細工用の品種を作っている農家は全国でここ一軒だけ。その筒状の麦わらをたたいて開き、へらで押し広げるようにしてリボン状にしたものを衝立、テーブル、椅子、壁板、箱など木、メタル、ガラスの土台に1本ずつ木工用接着剤で貼り付けていく。しかも、細かい色柄が入ると緻密な作業になるので根気のいる作業だ。麦わらにはまるでニスを塗ったような独特の光沢があり、見る角度によって色が違って見える。木より柔らかいので傷には弱いが水をはじくので何十年も持つ。はげたら簡単に修理できるのもメリットだ。
インテリアデザイナーや作家からの注文生産のみだ。外国ではアメリカが主だが、ロシア、中東などからの注文も増えている。エコな自然素材を使っていることも近年の人気の原因だろうと、リゾンさんは言う。アトリエで働く10人のほとんどはブールや聖リュック・トゥルネなど麦わら細工や高級家具師のコースがある学校出だが、アトリエで長年研鑽した人もいる。広報・総務を担当する娘さんは職人ではなく、家族に跡継ぎはいないが、弟子たちにノウハウはすべて伝えているので、自分の会社が存続するかどうかにはこだわらない。「クライアントから難しい注文を出されると、とりあえず “できます”と言ってしまって、後で解決法を考える。100歳まで働きたい」と70歳には見えないリゾンさんはエネルギッシュな根っからの仕事好き。2017年に東京国立博物館で開催された 「フランス人間国宝展」(15人の仏伝統工芸匠が参加)にも招待された。(し)