フランス南東部ドローム県に建つ「シュヴァルの理想宮」。郵便配達人のフェルディナン・シュヴァルが、たった一人で作り上げた世紀の力作だ。アクセスは悪いが、年間17万人が訪れる立派な観光スポットである。
1879年4月、シュヴァルは奇妙な形の石につまずいた。彼はこの石に魅せられ「おとぎの国の宮殿」の建設に取りかかる。毎日手押し車で25キロを往復し、石を運んでは積み重ねる。村人は奇行に驚き呆れた。しかし人目も何のその、宮殿は1912年に無事完成へ。1930年頃にはピカソやブルトンら一流アーティストも絶賛する「作品」と見なされるように。1969年には国が歴史的建造物に認定。今や建築分野におけるアール・ブリュットの金字塔的作品と位置付けられる。
高さ12メートル、長さ26メートル、幅14メートル。夢想家の頭の中を具現化した強烈な外観を要約するのは難しい。多種多様な動植物や神話的人物などがひしめき、側面にはモスクや中世の城、スイスの山荘、エジプトの神殿が彫り込まれ、あらゆる宗教的モチーフが平和に共存する。それらは渾然一体となり洪水のように眼前に迫るのだ。現地のガイドさんは「10年間日常的に見ているが、見る度に新しい発見がある」と言う。
壁面にはシュヴァルが「全く触らないのは禁止」との文句を刻んだ。その言葉通り、ここに来たら彼が愛した石たちに積極的に触れたい。そして眺めの良いテラスに登り、暗い内部の通路を歩き、石に刻まれた意味深な文句の解読に挑戦したりと細部まで味わい尽くそう。見逃してはならないのはシュヴァルがつまずいた伝説の石。テラスの上にあるが、どこか目玉親父を彷彿させ、急に話し出しそうな生き物の気配すら感じた。
また東側ファサードにはシュヴァルが自分が入るつもりで作った墓がある。しかし衛生上の問題で埋葬は叶わず。「作る前に調べないのか?」と突っ込みたくもなるが、その猪突猛進ぶりも微笑ましい。彼は76歳の時に理想宮を完成し、その後、理想宮から徒歩20分の共同墓地内に、やはりド派手な霊廟を8年かけ作り、その2年後に88歳でこの世を去った。霊廟には「静かなる墓と終わりなき休息」と刻んだ。
誰に頼まれてもいないのに働きづめの人生を送ったシュヴァル。今ごろは理想宮に似た天国でゆっくり休息しているだろうか。生きている私たちはもう少しこちら側で、彼に負けぬこだわりを見つけられる人生を送りたいものだ。(瑞)
映画『L’Incroyable histoire du Facteur Cheval』
ニルス・タヴェルニエ監督作品
ジャック・ガンブランが孤高の変物シュヴァルを好演。15歳で夭折した娘への哀切が強調されている。劇場公開中。日本でも公開予定。
2月1日号でアール・ブリュットを特集を掲載しました。併せてお読みください。
INFORMATION
◎交通
パリ・リヨン駅からリヨン・パール・デュー駅まで列車で2時間。リヨン・パール・デュー駅からSt-Vallier-sur-Rhône駅まで50分。St-Vallier-sur-Rhône駅からシュヴァルの理想宮がある村Hauterivesまでは公共バスかタクシーで30分。バスは平日のみの運行なので注意。
◎観光局
6 rue André Malraux 26390 Hauterives
Tél : 04.7523.4533 www.dromardeche.fr
◎Palais Idéal du Facteur Cheval
8 rue du Palais 26390 Hauterives
Tél : 04.7568.8119
入館8€/学生6€/子供5€/5歳以下無料。オーディオガイドは2€。毎日9h30開館。閉館時間は季節によって変わるのでサイトで確認。一部祝日と一月中旬は休み。
www.facteurcheval.com
◎ホテル:Chez l’Antiquaire
アンティーク店と家具職人のアトリエ、そしてシャンブル・ドットが一緒になった宿泊施設。田舎のお家に招待されたような温かい雰囲気が魅力だ。アンティークがテーマの部屋、キース・ヘリングのイラストをテーマにした部屋など、個性溢れる部屋を用意。シュヴァルの理想宮とシュヴァルが眠るお墓の中間地点にあり、両方とも徒歩で行けて便利だ。70€~。
2 route des Poteries 26390 Hauterives
Tél : 04.7568.8085 www.chez-lantiquaire.com