Veules-les-Roses
ノルマンディー地方の海辺の小さな村、ヴル・レ・ローズ。ディエップとフェカンの中間にある人口600人ほどのこの村が、この10月「フランスの最も美しい村」に認定された。小石の海岸が多いこの地域では珍しい砂浜。切り立った白岩の断崖がそびえる「石膏海岸 Côte d’Albâtre」の、典型的な風景がひろがる。
製粉と織物と漁業がなりわいの小さな村だったヴルは、コメディー・フランセーズの女優アナイス・オベールがやってきたのを機にブルジョワたちの避暑地になったという。1826年のある日、失恋に苦しむ彼女は馬車に乗り「とにかく西へ行って、海まで!」と御者に告げ、ここに偶然たどり着き、すっかり気に入ってしまった。それ以降、休暇に訪れるようになり、パリで宣伝した。ヴィクトル・ユゴー、ゴンクール兄弟、歴史家ミシュレなどが訪れ、ロシアの画家たちの「聖地」ともなった。
この村をフランスで一番短いヴル川(1149m)が流れている。村はずれにある川の水源周辺には、見渡す限りのクレソン。ここから海まで川沿いを歩けば、水車、藁葺き屋根の民家、清流に揺らめく水藻や魚が眺められ、心が清められるようだ。
文豪ユゴーは、ヴルに別荘を持っていた作家ポール・ムーリス(1818-1905)を訪ねて来るとは、この川のほとりを好んで歩いたという。ムーリスは、仏文学者の鹿島茂氏によると、「18歳でオーギュスト・ヴァクリとともに初めてユゴーを訪問して以来、この19世紀最大の詩人に文壇で最も近しい人物( … )デュマの代作、ユゴーの小説の戯曲化といった文学活動よりも、このヴィクトル・ユゴーとの絆によって今日まで名を残している」人物。詩人ヴァクリとともに1885年のユゴーの死後、遺言執行人として遺稿の出版やユゴー博物館の開館を進めたという。
浜辺に面したムーリスの別荘は、1940年6月の爆撃で壊され、その場所には今「Victor Hugo食堂」が建っている。岸壁にはユゴーが海と漁師や子どもたちを眺めるのが好きだったという、小さな洞窟もある。
海辺から、レストランや商店が点在する村のメイン・ストリートV.Hugo通りへ。石造りの小さな教会、その裏の旧市場広場には映画館、その先に、地元アーティストの絵画や陶器が並ぶアトリエRobaがある。
ひとしきり歩いたあとは、サロン・ド・テ Un jour d’été へ。手作りのお菓子や軽食が、4〜15€くらいで食べられる。私はこの村のバラで風味をつけたフィナンシエと、「孤独な詩人のお茶」で散歩をしめくくることにした。(さ)