“Oncle Boonmee, celui qui se souvient de ses vies antérieures”
アピチャートポン・ウィーラセータクンという覚えにくい名前の監督の映画に出会ったのは2002年の『ブリスフリー・ユアーズ』。これは長い映画ファン歴の中でも忘れがたい衝撃だった。この監督が8年後の今年、ついにカンヌ映画祭の最高賞、パルムドールを新作『ブンミおじさん Oncle Boonmee, celui qui se souvient de ses vies antérieures』で獲得した。アメリカで美術と映画を学んだとはいえ、タイ人である彼の映画はタイの文化や風土に強く根ざしている。
死期が迫ったブンミおじさんと彼の近親者が体験する不思議な出来事は、仏教の輪廻転生の思想に基づく。さまよえる霊魂や亡霊がブンミおじさんと家族の日常に立ち現れる。日本だったらホラー映画にしてしまいそうな題材だが、アピチャートポンはそれをとてもクールに、時にユーモラスに、そしてポエティックに描く。
柔らかいタイ語の響きとジャングルの光と闇に包まれて日常的でありながら夢幻的な世界へ我々も入って行く…。
田舎で農業を営むブンミの病気見舞いに町からやって来た義妹のファイと甥のトン、夕げの席に19年前に亡くなったブンミの妻でファイの姉にあたるジェンが突如あらわれる。日本風にいうとブンミの「お迎えにきた」というところか。ここで日本だと走馬燈のように人生を回顧することになるのだが、ブンミはブンミとしての人生以前の動物だったかも植物だったかも人間だったかも知れない、そして男だったかも女だったかも知れない過去を思い出す。ブンミは家族と行った洞窟で最期を迎える。その洞窟は彼が生まれ出た子宮のような所だった…。
映画という再生装置を使って、魂の再生を素直に素朴に描き出した『ブンミおじさん』に安らぎを得た。(吉)