5年間、フランスを集団児童性的虐待疑惑の悪夢に巻き込んだウトロー事件(N。579/ N。546)。ビュルゴ予審判事の児童の証言をうのみにした〈犯人つくり〉=>留置=>尋問=>予審=>重罪院=>犯罪確定までの司法コンベヤーに乗せられ無実の罪を着せられた14人のウトロー市民(うち1人の男性は拘置所内で自殺)。 彼らの悲劇は予審判事の職務能力の問題だけでなく、彼の先入観を一度も疑わず黙認した60人余の司法ヒエラルキーの欠陥が生んだものと、法務相も認めている。にもかかわらずビュルゴ元判事はエクスプレス誌で「自分は謝罪するつもりはない。任務を誠実に果たしたまで」と法律を忠実に実行したモーレツ司法官の姿勢を堅持し、マスコミや世論の批判の声を浴びている。 1月18日、ウトロー事件に関する国会調査委員会で、逮捕から2、3年後に無罪判決が下った13人の証言がフランスのテレビ史上初めて実況中継され、特に尋問時の非人間的扱いが明らかにされた。タクシー運転手M氏「5分で逮捕、10分後に留置、尋問1時間。B判事に『取り調べに3年かかるがあんたは20年考える時間があるよ』と侮られる。判事は神と同じで私の生死の決定権を持っていた。判事は私を犯人に仕立てつつあると実感した」。自分の息子2人に児童性的虐待を告発され夫婦で逮捕され、子供3人を里親に取り上げられたM元執行吏は、警官の侮辱的言動のほか房内で服役者らに蔑まれ殴る蹴るの暴力…恥辱のあまり数回自殺未遂している。拘留中、長男が非行化しM氏は絶望のあまり23日にも自殺未遂。M氏の妻は「警察で疲れ果て床に座ったら警視に『汚ねえペドファイルめ、もっと尻を下げろ!』と罵られた」。拘留中に連れ合いに去られ、職も子供も失い、人生のすべてをぶち壊されたB氏「私が要求することはただひとつ、2000年5月16日前の生活を戻してほしいということです。それが不可能であることは知っていますが」… 2004年に推定無罪に関する法が廃止され、警察・検察権が増強された。英米には存在しない予審判事は、フランスでは宗教裁判の糾問体質を継承し、ビュルゴ判事はそれを体現したといえる。ウトロー被害者の生々しい証言に唖然とした議員の中には、予審判事をなくすべきという声も聞かれる。 2月8日、ビュルゴ元判事は調査委員会で、「情況判断の認識不足」を認めながらも、自分の未熟さと予審判事という孤独な任務をとくとくと語り、劇的な展開を期待していた聴取者は肩すかしをくわされたよう。(君) |
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