19世紀半ばからロシア革命までの時代に、ロシア的アイデンティティを模索していた芸術家たちが、絵画、彫刻、工芸、建築、写真の分野でそれをどのように表現したかを時代を追って見せる、一大展覧会だ。 19世紀中頃、ロシアの美術学校は、ギリシャ神話や聖書を主題にしたり、イタリア風の理想化した風景を描くという、西欧の伝統的美術教育を行っていた。それに背を向けた若者たちが中心となって、ロシアの現実を描く動きが出現した。当時は貧富の差が激しく、1861年の農奴解放後も貧しい農民の生活はあまり変わらなかった。カサトキンの『石炭を拾う人たち』(1894)では、炭鉱で落ちこぼれた石炭を拾う老婆や乳飲み子を抱えた母親、裸足でそれを手伝う子供たちの姿が痛々しい。 西欧的なものを拒否して、ロシアの根源を探ろうとする芸術家たちは、民話や民芸など民衆の伝統にルーツを求めた。ピョートル大帝がロシアの西欧化を推進する以前に存在していた価値観を求めたのだった。こうして作られた工芸品には、骨太で重々しい美がある。猪、魚、鳥が配置された木製パネルからは、子どもの頃に読み親しんだロシア民話の世界が蘇ってくる。中世の伝承話に題材を得た、船の帆が白い鳥になっている装飾パネルも、豊かな想像の世界を繰り広げている。この新ロシア主義の工芸部門は、社会的なテーマの部と並んで、会場の見どころだ。 展覧会は、アヴァンギャルドぎりぎりのところで終わっている。ペトロフ=ヴォトキンの代表作『赤い馬の水浴』(1912)が最後を飾っている。 しかし、なぜアイデンティティ追求運動がこれほどまでに芸術界を席捲したのか、その社会的、政治的な背景が、展覧会からは見えてこない。文学や音楽にも民族主義は及んだのに、美術以外の分野との関係にもほとんど触れられていない。 現代の先進工業国の排他的な愛国主義は右傾化とセットになっていることが多いが、その後革命に突き進んだロシアの場合、西欧化した富裕層と貧しい民衆が極端に対照的に存在していた。ロシアの根源を求める動きが、支配層の価値観の否定と民衆の価値観の再評価であるとしたら、その後の歴史の流れからみて納得できる。(羽) オルセー美術館:1月8日迄(月休)。 |
|
現在開催されているのは、フランスの現代美術界で最も重要なアーティストの一人、クリスチャン・ボルタンスキーのインスタレーション展。近年アイデンティティをテーマとする作品を多く発表しているボルタンスキーが問う「私」。(ヤン)
79 rue du Temple 3e
*Christian Boltanski展は10月15日迄。
CHRISTIAN BOLTANSKI
Vue d’exposition “Prendre la parole” 2005
Courtesy Marian Goodman Gallery, New York/Paris
鋭い洞察力と繊細な視点。パリでマン・レイのアシスタントを経た後、報道、ポートレート、ヌード、風景など、多くの優れた写真作品を残したイギリス人フォトグラファー。オリジナルプリント100点。12/18迄(月火休)。
Fondation Cartier-Bresson:
2 imapasse Lebouis 14e
●Anne-Louis GIRODET (1767-1824)
ダビッドの弟子の一人で、詩的で官能的な表現の作品はロマン主義の先駆けといわれる。代表作『アタラの埋葬』を始めとする絵画、デッサン100点。2006年1月2日迄(火休)。
ルーヴル美術館
〈ブラジル年にちなんだ展覧会〉
●TUNGA (1952-)
『Les affinites electives親和力』は、肉体、欲望、彫刻、言語の関係を問うインスタレーション作品。ブラジル現代美術シーンで最も注目されるアーティストの一人。10/22迄
Galerie Daniel Templon: 30 rue Beaubourg 3e
ルーヴル美術館ピラミッドの下でも同アーティストの立体作品が公開中。2006年1月2日迄。
●Images de l’Inconscient, Art brut bresilien
ブラジルの〈アール・ブリュット/原生芸術〉作品を集める。理性の関与しない無意識が描かせた分裂病患者の絵画。2006年2月26日迄。
Halle Saint Pierre: 2 rue Ronsard 18e
●Les bidules de Maitre Molina
ブラジル人の親方モリナ(1917-1998)が寄せ集めの素材で作ったからくり人形。木を切ったり、家具を作ったり、トランプ遊びをしたり、人々の日常の風景が繰り広げられる。2006年3月26日迄(月休)。
Pavillon des Arts:
Les Halles, Porte Rambuteau 1er