インド出身のイギリス人アーティスト、アニッシュ・カプーアがヴェルサイユ宮殿で展示中の作品が、4回も荒らされた。まず、開会2週間後に白いペンキが吹きつけられた。それは除去されたが、9月に入ると反ユダヤ的な文句と王党派的な文句が書かれ、9月末にはさらに、それらの文句を隠した塗装の上からblâme(非難)と書き込まれた。何回も標的にされたのはDirty Cornerという作品である。理由は、この作品がマスコミで「王妃のヴァギナ」と呼ばれたからだ。
内覧会の日、庭園を歩くカプーアに、自分が持った印象について話してみた。DirtyCornerは、先が長いホルンのような形のまわりに石や穴があり、そこには血のような赤がついている。虐殺や戦争、革命の血に塗られたフランス史を思い出した。フランス史が頭にあったのか、と聞くと「作家は解説しないほうがいい。見る人の自由にまかせたい」と言う。ホルンの穴の中に入ってみたいと言うと、「それもいいね。だが、人が多いところではそれはできないんだ」と言う。
すぐれた芸術作品は、いろいろな見方ができる作品だ。カプーアもまさしくそうなのだ、と納得した。ところが、この事件である。ル・モンドの美術評論家は、「カプーアは『王妃のヴァギナとは言っていない』と否定しているが、自分でそう言ったのだ」と書いていた。そこで、この名の出元を調べたら、展覧会が始まる1カ月前の ジュルナル・ド・ディマンシュ紙に、ロンドン特派員がカプーアにインタビューした記事が出ていた。そこではカプーアが、「権力を掌握する王妃のヴァギナだ」と説明している。作品が明らかにされていない時点だったから、ついしゃべってしまったのだろうが、カプーアは、後でその発言を悔いたに違いない。
作者の言う通りに見る義務はない。それをしたらアーティストが絶対権力者になり、芸術ではなくなってしまう。この展覧会には、想像力をかきたてるカプーア作品がいくつもある。ヴェルサイユの現代作家シリーズでは成功例の一つだ。Dirty Cornerは、憎しみに満ちた落書きによって、もともとの題名によりふさわしいものになってしまったが。(羽)
11月1日まで ヴェルサイユ宮殿