毎年6月中旬から下旬にかけて行われるバカロレア(大学入学資格)の試験。なかでも哲学の試験問題は、その年々の世相を反映していてメディアでもよく取り上げられる。今年の問題の一つは、受験生ならずとも大人でも頭を抱えてしまう難問で、「人は幸せになるためにすべての手段を講じなくてはならないか?」というもの。優秀な解答や珍妙な答案が公開されるのが常だが、エーヌ県サンカンタン市に、この難問に面白い解答を出してくれた女性の哲学教師がいた。
「クーリエ・ピカール」紙によると、彼女は、試験当日の16日夜に、家で採点することになっていた124名分の答案を、かつて同棲(どうせい)していた元彼氏に盗まれたと警察に通報したのである。フランスでは、現役の高校の教師たちが自宅でバカロレアの採点をする制度があり、こうした盗難事件はたまにある。受験生の一生を左右する試験の答案が盗まれては大問題だと、警察は早速、元彼氏を事情聴取。彼はハッキリと犯行を否定。彼の自宅を家宅捜索しても答案用紙は出てこなかった。そこで「被害者」である女性教師の自宅を捜索し、ゴミ箱を開けてみると、封筒に入れられたままの答案の束が見つかり、ただちに別の教師の手によって採点されることになった。
試験を管轄している大学区側は「7月上旬に再試験をすることにならずに済んで、よかった」と胸をなで下ろしているが、子供のいたずらとは違って、ここで「めでたし、めでたし」とならないのが大人の世界だ。元彼氏をおとしめるために虚偽の告発をした女性教師は、18日に警察に拘留され、精神鑑定でも刑事責任が問えるとの結果が出た。彼女が訴追されるかどうかは検事の判断に委ねられているが、教職員の人事を司る大学区では、場合によっては懲戒処分もありうるとしている。
この話、いうまでもなく男女の痴話げんかに端を発したに違いないのだが、恋愛という採点者個人の幸せのために、自分たちの答案をダシにされた受験生たちとっては、たまったものではない。
今年の受験生の中には国鉄ストで試験に遅れる者がかなり出たが、政府の特別措置でかろうじて救われた。幸せになるために四苦八苦している大人たちの傍らで、受験生たちは一体どんな答案を書いたのだろう? いや、数時間の解答時間と数枚の答案用紙では答えなど出るはずがない。きっと満点を取った者も落第点に泣いた者も今後の人生で自分なりの答えを見つけていくしかないのだ。(康)