20世紀の代表的写真家、アンリ・カルティエ=ブレッソン(1908-2004)の作品は、誰もがどこかで一度は目にしているはずだ。その記憶から、「カルティエ=ブレッソンの写真はこうだ」と思い込んでこの展覧会に来ると、見事裏切られる。カルティエ=ブレッソンって、こんな人だったのか、と発見に次ぐ発見がある。500点以上を展示した、没後初の一大回顧展である。
展覧会は、アンドレ・ロートのもとで絵を学んでいた青年時代のデッサンや油彩から始まる。20歳前後の絵やコラージュはなかなかのものだ。この頃シュルレアリストと交流し、幾何学抽象的な写真を残している。この時代にトスカーナで撮った、カーテンが新聞を読む人の首に巻きついている写真は、人の顔が隠れて性別不可能になり、生きている人なのかマネキンなのかもわからない。シュルレアリスムの影響がよく出ている、不思議な雰囲気の作品だ。ウージェーヌ・アッジェの作品を知り、彼の影響を受け、ショーウィンドーのマネキンを人間くさく撮ったのも同じ頃である。
戦前は、反植民地主義、反ファシズムを貫いた。多くのシュルレアリスト同様、共産党のシンパで、共産党系のメディアに写真を掲載。初の有給休暇をマルヌ川ほとりで楽しむ庶民、イギリスのジョージ4世の戴冠(たいかん)式に集った市民、というように、彼の視点は英雄や著名人よりも市井の人々に向けられている。これは、1947年にロバート・キャパら3人と写真家集団「マグナム・フォト」を設立した後も変わらない。ガンジー暗殺前後にインドにいたカルティエ=ブレッソンは、カンジーの火葬に立ち会う人々を撮った。
カルティエ=ブレッソンが街角で撮影する様子を撮ったビデオが興味深い。小さなカメラを隠すようにしてのんきそうに歩きながらロケハンをし、撮る瞬間を見つけたら、周りに気がつかれないほどの速さで撮る。
芸術写真にも報道写真にも、被写体を尊重し、人間を控えめに距離を置いて見るエレガンスが感じられる。題材や時代が変わっても、変わらぬ彼の個性と姿勢が一貫して感じられたのは収穫である。それにしても、なんという充実した人生であることか!(羽)
ポンピドゥ・センター:6/9迄(火休)
画像:Livourne, Toscane, Italie, 1933
Épreuve gélatino-argentique, tirage réalisé dans les années 1980
Centre Pompidou, musée national d’art moderne,
Achat grâce au mécénat d’Yves Rocher, 2011,
Ancienne collection Christian Bouqueret, Paris
© Henri Cartier-Bresson / Magnum Photos,
courtesy Fondation Henri Cartier-Bresson